川口道場生物語

2009年3月28日 (土)

我が敵は我にあり!!キャプテンRの戦い 最終章

前回の続き

5年生の身で川口道場のキャプテンを任され、その中で順調に成長を見せてくれたR。

しかし、11月に行われた大会で、軸足に大けがを負ってしまったことでその順調に来ていた成長の歯車が少しずつ狂いだしてしまった。

レントゲンの結果足の骨には異常が見られなかったが、足の痛みがなかなか引いてこなかった。軸足をつくことのできない状態が一カ月以上続いた。
その間、の練習というのもいま一つ気迫に欠けたものとなってしまいました。

Rはその間、トレーニングを続けたのですが、Rはこのトレーニングが大の苦手。体のわりに力がなく自分の体を支えきれない。誰かが付きっきりで指導していればできるのだが少し目を離すと弱い自分に負けてしまい手の抜いたトレーニングをしてしまっていた。

Rにとって、苦手なトレーニングの日々、そしてなかなか足の痛みが引かず柔道ができないというストレスが重なっていった。

そんなストレスを抱える日々をおくり新しい年を迎えやっと練習ができるぐらいまで足が回復した。
が、長期間のけがによる休みとその間での体重増大、そして痛めたほうの足を無意識にかばってしまう心の問題もあり、復帰してすぐの練習は形が崩れてしまっておりなかなか以前のような練習ができなくなっていた。
その練習を休んでいた期間で周りの子供達は着実に実力を伸ばしてきており今までは簡単に投げれていた子も投げれなくなっていた。

この自分の思いとは違う動きにRとても焦りを覚えるようになっていた。気持ちばかりが前に出て体がついてきていない。打ち込みもあれほどきれいだった打ち込みに魅力がほとんどなくなってしまった。
ここで、しっかり形から戻してRの練習をじっくり一から作り直せばよかったのだが、年明けから試合が続き、その試合に間に合わせるため、充分な修正が出来ないままとなっていた。

それでも、試合では満足のいく内容でないにしろ、結果を残すことができていた。R自身いままで勝ってきたというプライドがあり、今まできれいに投げて勝とうとしていた柔道ではなく体で巻き込んででも勝利しようとした柔道になってしまってきていた。

この試合内容を見て、川口先生が『このままではRがダメになるから、一から作り直そう』と、提案。ここからRの修復に力を注ぐことにした。
釣手を離して巻き込みに行くような動作を徹底的に注意し、釣り上げる動作を何度も反復させた。
体で巻き込まないように、打ち込みの修正、投げ込みの練習の強化など行ったが、Rの『今まで勝っていた』というプライドと、『キャプテン』としての責任感からか、どうしても試合になってくると巻き込むような動作になってしまっていた。
それでもしつこく、そして厳しく巻き込まないように指導していくと、今度は中途半端な技をかけるようになってしまった。確かに巻き込まなくはなったのだが、足だけ掛けるような技や胸を合わせず遠い距離のまま技をかけるようになり、技をかけてもすぐ戻るような『軽い技』になってしまった。
そんな、悪い流れのまま、ある大会を迎えた。
その大会とは、マルちゃん杯中部少年柔道大会である。この大会で6年生全員のチームで戦うことができ、非常に期待していた大会でもありました。しかし組み合わせを見て・・・・・・shock
相手はお隣石川県でも有名な強豪チーム何度か合同練習をさせていただいているがまだうちでは歯が立たないチームでした。
なんでよりによって一回戦で・・・・という気持ちもありましたが、今のこのチームでどの程度戦えるのか?という期待感もありました。
そしていよいよ試合開始。
先鋒から副将まで本当に手に汗握る好勝負、まったく互角の試合展開で0-0のまま大将戦をむかえた。
Rも気合十分で相手と戦った。この試合もお互い引かずの真向勝負。あっという間の2分間でした。この大将戦も引き分けで、代表戦で勝敗を決めることとなった。
この代表戦を行うにあたって誰を出すのか非常に迷った。最近不調のRよりも実力を伸ばしてきている副将のNを出そうかとも考えた。しかし、この展開で燃える男Rの性格的なこととこの試合で勝利できればまた自信がつき元の良い柔道を取り戻してくれるのではないかという期待を込め、代表戦にキャプテンのRを起用した。
代表戦が始まり、お互い闘志むき出しのまま、全力でぶつかっていた。前半R、中盤向こう、後半お互いに攻めあう好勝負。

お互いポイントのないまま旗判定となった。

緊張の一瞬、

『判定』

という審判の声とともに旗が揚がる。

無情にも、相手の旗が2本上がり判定2-1で敗れてしまった。旗一本の差が大きく感じながらも非常に良い試合をしてくれた子供達にありのままの気持ちを伝えた。
みんな心を一つに戦ってくれたことが非常にうれしく思い。代表戦でRで行って間違いなかったと思っていた。
しかし、勝利できなかったRは、また自信をなくしたままだった。

その後の試合も、自分の思うような結果をだんだん残せなくなっていってしまっていた。練習でも自分を追い込むことができなくなっていき、うまくいかない練習などがあるとふてくされる態度を取るようにもなっていった。

キャプテンとして周りに声だしをさせたり、低学年の世話をしたりとやることはやってくれていたのだが肝心の自分を追い込む、周りにとってお手本となる選手にはだんだん遠のいて行ってしまった。

このままでは、川口道場全体が悪い流れになってしまう。指導陣もそのように考えるようになっていった。
そこで、川口先生が『一度、じっくりRと話し合う』と決め、Rを1日道場に泊めた。川口先生と二人っきりでじっくり話し合った。このときの内容はどのような話をされたのかは明らかではないが、次の日、自分たちが出た実業団の試合の付き人としてRはついてきていた。

自分達に付き添い、水分などを運んでいるRはどこかすっきりしているような感じを受けた。

この日からRは徐々に元の向上心のあったころのRに戻りつつあった。練習中どうしても巻き込むような動きになってしまったり、思うように投げれなくても、すぐにもう一度チャレンジするような元の良い時の練習の取り組み方に直っていった。

日々、弱い自分と戦い自分のため川口道場のみんなのため、もう一人の自分と戦い続けていた。

しかし、崩れた形を戻すにはだいぶ時間がかかり、その間に行われた試合では、納得のいく結果が残せずにいた。それでも、以前のようにふてくされることなく一つ一つ修復作業を続けていった。

そして小学生最後の試合で、やっと納得のいく一本を取ることができるようになっていった。
今までは釣手がすっぽ抜け体で巻き込むようにして投げていた形から、相手を下から上に吊り上げきっちり投げて一本をとれるように修正されていた。

一本を取ったどの技も片足で立ったまましっかりバランスを取ってきれいに投げ切っていたので最後の試合でしっかり修復できてきたという手ごたえを感じることができた。
しかし、決勝トーナメントでは、素早い組み手の相手に組むことができず、判定で敗れてしまい結局結果を残すことが出来ないまま小学生最後の試合を終えた。

試合後、自分はRに、

『試合は負けてしまったが、投げる技という意味では修正ができてきてる。本当ならもっと早い段階で、勝負を考えさせずに修正に力を注ぐような指導ができればよかったのだが、それをしてやれずにすまなかった。でも、今日のお前の動きからは次につながる手ごたえを感じた。この気持ちと、技術を忘れずにこれからもがんばれ』

と伝えた。

小学生最後の大会で、今までのような成績を残させてやれなかったという自分の無力さを感じRに対し申し訳ない気持ちを抱えていた自分だったのだが、3月に行われた卒業生を祝う会という行事で、R達が残してくれたとても大きなものに気づくことができた。
この卒業生を祝う会では、指導者から卒業生へ、保護者から卒業生へ、そして卒業生かいら指導者へとたくさんの贈り物がされた。その、物が良かったということではなく、お互いに感謝の気持ちを分け合うようなそんな素晴らしい雰囲気での祝う会となっていた。

その場にいた自分は、これもRがキャプテンとして道場をまとめてくれた一つの結果ではないかと強く感じた。
Rがキャプテンになり、弱い自分と戦ってもがき苦しみながら、柔道という道を歩んでいった。出来ないなりにみんなが一つになろうとしていろいろな壁を乗り越えていった。その子供達の頑張る姿を見て、指導者も、保護者の方もいろんな力をもらえたと思う。
Rの持っていた小さな夢。そして川口道場の子供達の持っている小さな夢。その頑張っている姿を見ているだけで大人たちはいろんな夢を見させてもらえる。そのいくつもの夢が重なり合って、この卒業生を祝う会では喜びをわかちあっていたように思えた。

この姿を見ているとある歌の歌詞が浮かんでくる・・・・・・

我が敵は我にあり

我この道を進む

小さな夢が重なって

喜びわかちあう

Rを見ているとこの歌が頭の中に流れてくる。

そしてRが作り上げてくれた道場の雰囲気から、柔道の基本理念である『精力善用』、『自他共栄』を感じることができる。

気持ちが弱く、自分に甘いところがあるR。
キャプテンとなってからもそういう部分に負けてしまっていた時期もあるが、いろんな時期を乗り越えて今の自分と向き合えている。
これから、Rにとって新しいスタートラインにつく。
今までより、つらく、苦しいことが多くなるだろうが、これからも弱い自分と戦い続けてほしい。

もしつらく苦しい時、弱い自分に負けそうになれば、川口道場での経験を思い出してもらいたい。
道場で、みんなのために頑張った行動の一つ一つが、Rの心を守ってくれる盾となりその思い出の一つ一つが、暗く苦しい道に一筋の光となって照らしてくれるだろう。

2年間、つらくて苦しいキャプテンとしての責務を見事やり遂げてくれたR。そのRがキャプテンとして弱い自分と戦った姿がきっとこれからも後輩たちに伝わっていき川口道場の伝統として伝わり続けるだろう。

こうして川口道場・志ノートにまた一人、川口道場を飛躍的に成長させてくれたキャプテンRの名が刻まれる・・・・・・・おわり

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2009年3月25日 (水)

我が敵は我にあり!!キャプテンRの戦い 2

前回の続き

数々の大会で優勝し、絶好調のR。

そんなRが、次の年度を向かえる前、新5年生になるにあたってあることを決めなくてはいけなかった。それは、川口道場のキャプテンである。

当時、川口道場には新年度に新6年生になるものが誰もいなかった。そこで、新5年生の中からキャプテンを選ばなくてはいけない状況であった。

その前のキャプテンは、実力こそなかったが、川口道場全体をよくまとめ、練習の雰囲気を非常に良いものにしてくれた。
その流れを引き継ぎ、さらに飛躍させるためにもこのキャプテンが非常に重要になってくる。
このキャプテンを選ぶにあたって、指導者の中でも意見が分かれた。
実力から行くと間違いなくRがキャプテンに一番ふさわしいと思う。しかし、道場の雰囲気、練習に取り組む態度を考えると別のものが良いと考えてもいた。
色々考え意見を交わした結果、Rの成長を期待してRにキャプテンを任せることにした。

Rは、体も大きく試合で結果も出ている。しかし、まだ追い込まれた練習になってきたりすると自分のことでいっぱいいっぱいになってしまうところがあった。体の大きなものが厳しい練習になってくると非常に苦しいというのはわかるのだが、弱いところが態度として出てしまう。
Rがキャプテンになるということはそういうところをしっかり治さなければいけなかった。

キャプテンとは、口だけでみんなをまとめてチームを引っ張っていくのではなく態度でチームを引っ張っていく見本となる選手にならなくてはならない。
そういう意味ではまだ自分はRに対して不安を持っていた。
ほかの5年生の子には実力こそないが、練習に取り組む態度の非常に良い子がいる。その子以上にRはみんなの手本となることができるか?と心配していた。

Rにも、キャプテンの重要性、そしてRに足りないもの、これから身につけていかなくてはいけないものを伝えれる限り伝えた。

そうして始動した新チームのデビュー戦。全国少年団柔道大会で、Rを中心とした新チームは、自分たちの予想をはるかに上回る大活躍をしてくれた。
この試合は、年度変りの前に新チームで争わられる。全国大会予選を兼ねており、4・4・5・5・5年生で構成される団体戦が行われる。
この大会に、5年生がいない川口道場は、全員4年生で大会に臨んだ。
予選リーグが始まりこの予選で1位通過のみが決勝トーナメントに進める。全員4年生の川口道場には非常に厳しい試合が予想された。予選リーグの一回戦で厳しい戦いながらも3-2の接戦をものにしまず一勝。この戦いで勢いに乗り、続く2試合目も3-0で快勝してきた。この戦いは自分たちの予想をはるかに上回ってくれていた。
そして決勝トーナメント一回戦、ここで強敵と対戦することになる。その相手はいつも合同練習などを行っている越前市柔道スポーツ少年団だった。試合が始まり先鋒有効勝ち・次鋒技有負け・中堅一本負け・副将一本勝ちという2-2の内容で負けている状態で大将のRに出番が回ってきた。相手は一学年上で大変実力のある選手体重が80kg以上ある相手と対戦することになった。少し前に合同練習で試合をした時は、秒殺されてしまった相手だった。
しかしこういう展開で燃える男Rは、気迫を全面に出し強敵に向かっていった。試合の中盤相手の不用意な払い腰を気合いで返して技有!!その後も気迫で前に出てなんと勝利してきた。
3-2で勝利してきた。その後準決勝で敗れてしまったが、4年生だけのチームでベスト4にはいるという快挙を成し遂げた。

この戦いによりチームは本当にまとまった。練習にも非常に気合が入り、去年と変わらないくらい活気のある練習ができるようになっていた。


この活気のある練習の陰には、キャプテンRの頑張りもあったが、そのほかにも周りの5年生たちがんばりもあった。
真面目で頑張り屋のYが常に大きな声を出しみんなの手本となり、面倒見の良いHが後輩たちに声だしを促す。
不器用だが一生懸命のJが、努力する姿を見せ、負けん気の強いNがどんな相手にでも弱いところを見せず向かっていく姿を見せてくれた。
それをRが大きな声でまとめるため、非常にまとまりのありそして向上心あふれる練習環境を作ってくれた。
この意識の変化を更に飛躍させるため、数多くの強化練習や、石川遠征、滋賀県遠征合同練習を繰り返した。

Rはキャプテンとして一番怒られていたと思うが、それでもチームのためにしっかり手本となる選手となるよう頑張っていた。遠征で様々な経験を積み、そのたびにみんなで話し合い、まとまりつつチームが出来上がっている。
その姿を見ている低学年の子たちも徐々に意識が高くなっていき道場全体が理想に近づいてきていることを実感できるようになってきた。

Rをキャプテンにして間違いではなかった。そう心から思えるほど、Rは頑張っていたし、それに見合うほどの成長を見せてくれた。

あの日を迎えるまでは・・・・・・・・

それは11月の頭に行われた『伊香郡柔道大会』でのことだった。
初めて参加するこの大会で、初戦を6年生のいない状態で4-0で勝利。Rは見事に払い腰で一本勝ちを収めていた。
続く2回戦も三重県の実力のあるチームから2-1で勝利してきた。
この日のRは大変調子もよくこの試合の相手もかなりの実力者だったのだが、しっかり組み合い互角に勝負できての引き分けであった。
しかし続く準々決勝で、それは起こった。
1−0で負けている状態で大将のRに出番が回ってきた。
こういう展開で力を発揮するRに自分たちも非常に期待して送り出した。
しかし、勝負に出ようとするRだったが組み際に小内をはいられ軸足が残ったままで勢いよく後ろに倒れてしまった。そのまま起き上がらない。自分で立つことも出来ない大けがをしてしまった。

幸い骨折はなかったのだが、この日を境にRの歯車が少しずつ狂いだしたのでした・・・・・・・続く

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2009年3月19日 (木)

我が敵は我にあり!!キャプテンRの戦い

平成21年2月22日、Rは、小学生最後の試合を行うため畳の上に立っていた。試合が始まりRは、果敢に攻めるも相手を捕まえる事が出来ない。そして2分間の試合の終了を告げるブザーが試合場に鳴り響いた。
判定で反対の旗が3本上がり、Rの判定負け・・・・・小学生最後の試合がこのとき終了した。

Rは、静かに礼をして試合場を後にした。

Rとの出会いは、自分がまだ石川県の道場で指導をお手伝いしているときのことだった。

まだ道場を立ち上げてまもない川口先生が、Rを連れて練習にきたときのことだった。最初に見たRのことを自分は高学年だと思っていた。
Rがまだ3年生と聞いた時は、非常に驚かされた。そのくらい大きな子でした。しかしその体とは裏腹にとても気持ちの小さな子で、大きい体を目いっぱい小さくしているような立ち姿がとても印象的でした。

しかし、何回か出稽古に来るたびに、どんどん良い動きになっていき、見違えるような選手になっていった。この成長のスピードに非常には、本当に驚かされた。

Rとの出会いがあってから一年後、自分は結婚の絡みもあり地元福井に戻ることとなった。
それに伴い、川口道場で少年柔道のお手伝いをさせていただくことになったのだった。

その一番最初の練習日に川口道場で練習をおこなっているRを見て一番最初に驚いたのはその打ち込みの綺麗さだった。

大きな体のものはその体が邪魔をして打ち込みがしっかりできていない場合が多い。しかしRの打ち込みは、大人顔負けのとても大きくそしてきれいな打ち込みをしていた。
当時小学4年生で、大きな体と、きれいな打ち込みを持っていたRにはとても大きな期待を抱いていた。

しかし、練習を見ていく中でRに決定的に足りないものを発見した。

それは、厳しい練習を乗り切るための気持ちである。大きな体と裏腹に、非常に気持ちが弱かった。

練習でも、すぐに妥協が入ってしまう。練習がきつくなってくると、自分から倒れるような練習をしてしまっていた。
まずはその練習態度を改善するために、『囲み練習』という、とても精神的にきつい練習を行うことにした。

この練習で戦う相手、それは自分自身である。

きつい練習から逃げ出さず立ち向かうことを覚えさせるためにこのきつい練習を行った。

この練習では、道場生みんなが面くらっていた。
多くの子供が涙を流し、半分悲鳴に近いような声を出しながら練習を行っていた。

しかし、この練習を行っていくにしたがって、何人かではあるが、弱い自分に打ち勝ち、つらいこときついことから、逃げてばかりいた子供達が、立ち向かってくるように変わってきた。

Rもこの変化を起こした一人であった。今までは、途中であきらめ泣きながら練習を途中でやめてしまっていたが、一回相手に立ち向かうことができてからは、きつい時に大声を出し相手にがむしゃらに立ち向かっていくことができるようになってきた。そのRの変化が段々と周りの子供達に伝染していき、この囲み練習を乗り切るきもちができるようになっていった。

弱い自分に打ち勝つ!!このことを一回でも経験することができれば、その後の練習の取り組み方も大きく変化していく。
今までは、完全にやらされていた練習も、一度弱い自分に打ち勝った充実感からかちょっとずつ変化していき、自分から行う練習ができるようになっていった。

泣いてばかりいた子供達もちょっとずつ前向きに柔道を取り組むようになっていった。

少しずつ練習の雰囲気が変わりつつあるなか、Rが4年生の時の夏、川口道場として初の全国大会に挑戦することとなった。

その大会とは、『全日本武道錬成大会』である。柔道の聖地である日本武道館で、年に一度行われる、フリー参加の全国大会。毎年4000人以上の少年少女の柔道キッズ達で争われるとてつもなく大きな大会である。

日頃練習に頑張っている子供達に、全国ではどのような子供達がどのような柔道をするのか、そして何より全国大会の雰囲気を体験してもらいたかった。

この大会で初出場の川口道場低学年が、怒涛の快進撃を見せてくれた。

初戦から厳しい戦いが続いた。その試合のほとんどが大将であったRに勝負がかかるような接戦。一本勝ちしか許されないという試合展開のなか、みんなの期待に応え見事に一本勝ちを収めていきみんなも、『何とかRにつなげば・・・・・』という強い気持ちがいつも以上の力を生み、厳しい戦いを制していった。そんなRの活躍により初出場で全国ベスト8という成績を収めることができた。

この大会での活躍もあり、川口道場全体が大いに盛り上がった。チームとして戦う喜び、つらい練習の先にある喜び、そして全国というものを肌で感じた経験もあり子供たち一人一人にもっと強くなりたい。という欲が出てきた。

気持ちの弱かったRも、自分の活躍によりチームが勝利できた充実感からかポイントゲッターとしての自覚が生まれるようになり、練習でも手を抜くことが少なくなっていた。

そしてこの年、もう一つのフリー参加の全国大会、『醍醐敏郎杯全国少年柔道練成大会』にも出場することとなった。

長野県で行われるこの大会も、フリー参加であるが非常にレベルが高く全国からたくさんのチームが参加してくるとても大きな大会だった。

この大会での初戦、全国でも有名な『松前柔道塾B』さんと対戦することとなった。川口道場は一回戦がシードだったため二回戦でこのチームと当たる。一回戦を見ていたがBチームとはいえ全国的に有名な名門チーム、圧倒的な強さで5-0で勝ち上がってきた。戦前の予想ではかなり厳しいものがあると感じていた。

そしてむかえた初戦で、手に汗握るとてもよい試合をしてくれた。先鋒が一本勝ち、次鋒・中堅が一本負け、副将引き分けで、大将のRに出番が回ってきた。ここで一本勝ちをしてやっと代表戦に持ち込める。相手は体の大きな選手だった。一回戦でも力強い技で一本勝ちを収めていた。その相手との勝負。相手のチームは逃げるようなことをせずこの大将戦も勝負にきた。相手に振り回され危ない場面が何度もあった。
『もうだめか・・・・・』そう思った時、一瞬のすきをついて小外で有効を奪い、そのまま抑え込んで一本勝ち!!なんとか代表戦に持ち込んだ。
代表選も同じ相手と対戦。しかし流れをつかんだRが開始早々払い腰で相手を投げそのまま抑え込んで一本勝ち!!
なんと、逆転であの名門チームから勝利してきた。

次の対戦相手は愛知県でも有名な羽田野道場Aチームとの対戦。この戦いでは、前半で3点を取られてしまい、Rの出番の前に勝負がついてしまった。しかしRは相手をしっかり捕まえて一本勝ち。3-1で敗れたもののRは、この試合に出場したことによりものすごく自信をつけてきた。

このほかの多くの大会や、合同練習でも、Rの活躍は非常に頼もしいものがあった。とくに、Rは大将というポジションが気に入っていたようで、勝負がかかっている大将戦ではいつも以上の力を発揮するような気がしていた。

年を明けて一発目の丸岡の大会や地区の大会できっちり優勝の快進撃を見せ、まさに絶好調のまま次の年度を迎えることとなったのだった・・・・・・・続く

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2009年2月25日 (水)

泣き虫Hの志ノート 涙の成長日記 最終章

前回の続き

徐々に弱い自分から逃げなくなり、たくましく成長しているH。

そんなHも6年生となり小学生最高学年として、チームを引っ張っていく存在になっていた。

そんなH達の力が試される大会が行われた。

その大会とは、『マルちゃん杯小学生柔道大会中部予選』だった。

6年生全員で団体のチームを組むことができるので、この大会でどこまで勝負できるのか?という期待感がある大会でした。

そんな期待を込めて望んだ、マルちゃん杯。しかし、その組み合わせは非常に厳しいものがあった。

何と一回戦で、石川県の強豪、T中錬正塾と対戦することとなっていた。

このチームは大変素晴らしい柔道を行うチームであり、自分たちも目標としているチームであった。
その特徴は何と言っても強力な担ぎ技。体幹の力が非常に強いのと、どんな大きな相手にも気持ちを折ることのない精神的強さを持った素晴らしい選手たちをそろえたチームである。

『よりによって、何で一回戦で・・・・・・』

というのが正直な気持であったが、その反面、『今の子供達はどのぐらい勝負できるのであろう?』というひそかな期待感もあった。

そしてこの試合で、子供達は本当に素晴らしい試合を行ってくれた。

その流れを作ってくれたのは先鋒を務めたHであった。

先鋒の相手は、まだ4年生であったが、ただの4年生ではない。
本当に素晴らしい柔道を行う選手だった。体もそんなに大きくないのだが、柔道の質はぴか一。6年生のHですら取られてしまうかもしれないという不安があった。

試合が始まり、開始早々相手の力強い組み手で押し込まれ、Hは自分の形になれなかった。開始早々の猛攻に何とか踏ん張り相手の攻撃を何とかしのいだ。
いつもなら、この展開になると、気持ちで引いてしまい、受けがもろくなってしまうというのがパターンだったが、なんとHはそのあと大きな声を出し、果敢に相手に飛びかかっていった。
相手の組み手のうまさに一度も自分の形になれず危ない場面もたくさんあったが、それでも前に出ての柔道を続けた。相手のどんな圧力にも屈せず気持ちを折ることなく試合終了。引き分けであった。

このHの魂をぶつけるような戦いで、ほかのメンバーも触発され、強いとわかっている相手に対して、自分のすべてをぶつけるような試合を行っていた。いやもしかしたら自分の実力以上のものが出ていたかもしれない。そうして大将戦まですべて、気迫あふれる戦いを続け、全試合引き分けで代表戦となった。

そして運命の代表戦。キャプテンの戦いをみんなで見守った。互角の戦い。手に汗握る攻防。Hも大きな声で応援していた。

何のポイントもないまま試合終了。判定となった。

その判定の結果、我々の願いもむなしく判定2-1で敗れた・・・・・・・

試合後、子供達を集め言葉をかけようとしたとき、目の前にいたHから大きな一粒の涙がこぼれ落ちた。
この涙を見た瞬間、自分は言葉を失ってしまった。自分の目頭にも非常に熱いものがこみ上げてきた。
自分たちより実力のある相手、そしてその強さを身をもって知っている強敵に対して、自分の持っている力以上の戦いを見せてくれた子供達。
そして、あの『自分さえ楽できれば、仲間なんてどうでもいいから練習を休ませてほしい』と泣いていたHの、団体戦で勝利できなかった悔しさから流すチームの一員として、仲間のために流していた涙を見て、自分の中にいろんな感情がこみ上げてきた。

勝負で勝たせてあげれなかったという指導者としての力不足を感じながら、それでもこのHの仲間とともに流すことのできる涙にうれしさを感じることができた。
いままでの、H自身のための涙ではなく、仲間のため、努力の結晶のようなくやし涙に今までとは違う感情が映っていた。

この涙の質の変化が自分たちには妙にうれしかった。柔道を通じて一番大事な成長をしてくれたと感じずにはいられなかった。

このHの素晴らしい成長を確認するにいたって、このことに触れておかなくてはならない。

気持ちも弱く、いつも泣いてばかりだった泣き虫H。

このHには、まめに続けている”あるもの”があった。

それは、川口道場小学生みんなに持たせている志ノートを書いてくるということである。

このノートは、自分が川口道場に指導にきて、最初に感じたチーム力向上の必要性と子供たちとの信頼関係構築のために書かせていたノートで、何か試合や合同練習があるたびに子供たちに書かせるようにしていたノートである。

最初は自分が書いてくるように指示を出さなければ書いてこなかったノートであるが、次第に指示を出さなくても自主的にノートに感想や質問事項を書いて持ってくるようになってきた。

とくにHは、なにか、合同練習や試合があると必ず書いてきた。また、自分が出た試合だけではなく団体メンバーから外れて選手になれなくても仲間の応援で来た試合をみて、仲間の動きを分析しそしてそれを自分に当てはめてノートをつづってきたのだった。

その内容は、決して長文ではないが、良かったこと、悪かったこと、これからしていきたいことと大変要領よくまとめられている。

だいたいたくさんの子供たちのノートを見ていると、自分達指導者が子供たちにかけた言葉そのままが書かれていることが多い。
それはそれで、しっかり自分達の話を聞いていた、自分達の気持ちが伝わっているという証となるのだが、このHの日記には、自分達が『教えるべきかどうするか?』と迷っている事に対して、Hに伝えていないのに『どう対応すればいいのか教えてほしい』と指導を求めるような文章が書かれていることがあった。

このように自分で考える能力があるため、練習内容も工夫されていたり、寝技にしても大変賢い攻め方ができるようになっていった。
だからHの練習を見ているととても面白い。
『あっ、今こういうことを意識して練習しているな!!』
という事が見え隠れするので、動きを見ていても常に新しい発見があった。寝技にしても自分独自の寝技の入り方『Hスペシャル』を編み出したりと、指導者の目から見てもとても頼もしい練習の取り組み方を行ってくれていた。

このノートの一ページ、一ページに、Hの成長の記録が残っている。

ホームシックにかかって泣いていたH。練習がいやで練習前に吐きそうになりながら泣いていたH。何度も弱い自分に負け逃げ出そうと泣いていたH。

そんなHが、志ノートに、今の自分を書き出し、自分と向き合い、そして、弱い自分と戦った記録がそこにはしっかり刻まれている。その志ノートはすでにもう三冊目。いまだにHの成長の記録として刻まれ続けている。

Hの柔道……それは涙と共に歩まれてきた道である。苦しい時、つらい時、逃げ出したいときに流されていた涙は、成長とともに、悔しい時、仲間のために流されてくるようになってきた。そしていつか最高の喜びの時に流せるようになってもらいたい。

そんな涙で刻まれた志ノートと共に、これからも大きく成長し続けてくれ sign03

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2009年2月20日 (金)

泣き虫Hの志ノート~涙の成長日記~ 2

前回の続き

気持も充実してきており、意識も高くなりつつあるH。

年も明け新年度に突入した時に、Hはとても大きな壁にぶつかった。

それは体質的な問題である。

Hは、体質的にアレルギー体質であるため、ある季節になるといろいろと弊害が出てきてしまう。
あと疲れが重なることや、心因的原因でも同様の症状が出てしまうのであった。

新年度を迎えてすぐのこと、Hはこの症状に悩まされていた。アレルギー性の鼻炎症状が出てくるため、追い込んだ練習をすると非常に苦しい、そして薬を飲むことによる倦怠感から練習に向かう足が徐々に遠のいてしまっていた。

アレルギー症状も体のあちこちに現れ、とても練習を続けることができず、練習に参加し続けることができなくなっていた。

しかし、練習は試合が近いということもあり毎日練習する強化週間。周りは追い込んで練習している中、体調のせいでおいていかれている感じがHを襲った。
そのせいもあり、1時期【弱い自分に負けてしまう時期】が続いてしまった。

確かに体調のほうも悪かったと思うが、日にちがたつにつれ体調が回復してきているはずなのに心のほうが回復しきれず、練習にも今一つ身が入らない感じが続いていた。

これには『何とかしなければ…』という気持ちが自分の中で大きくなっていったが、日々の練習の中ではなかなか効果的な励ましができずにいた。

しかし、そんなHを励ますことのできる出来事があった。

それはHが5年生になりたての春のこと。石川県へ遠征に出かけたときのことだった。

この日は朝から夕方まで1日練習試合を行うといった合同練習会に参加させていただいた。Hも体調が悪いと言いながらもこの日は参加していた。
練習試合が始り、2.3試合したところでHが目にいっぱいの涙をためて、

『辛いので休ませてほしい』

と訴えてきた。せっかくの合同練習会、いろんな相手と自分の力を試すため試合を行うことができる。しかし、初めてやる相手、そして慣れない環境、最近のモチベーションいろんな要素が重なって、弱いHが出てきてしまっていた。

無理にでもやらせようか……とも思ったが、川口先生とも話をしてその日は、そのまま見学をさせることにした。

仲間たちが、試合で練習の成果を見せる姿を、悔しそうな目で見ていました。

帰り道、途中のサービスエリアでおやつを食べている時も、仲間がはしゃぐ中、浮かない顔をして過ごしている姿を見て、なんとも言えない感情が込み上げてきました。

そして、集合場所で解散したあと、Hを自分が送っていくことになっていた。送っていく車の中、『このままではHのためにはならない』という思いから、Hには何も言わず道場に連れて行った。
そこで、

『H今日はあんまり練習できなかったやろ?相手になってやるから少しやっていくか?』

と聞いてみた。もし、ここで『いやだ!!』と言われるかもしれなかったが、どうしてもこのままにしておけなかったので、こういう行動をとってみた。

Hは戸惑いながらも、練習をするといった。

そこで打ち込み、投げ込み、そして妹に審判をさせて何試合も自分と試合を行った。面白おかしく、それでいて汗だくになりながら1時間近く練習や試合を行っていた。気づけばいつの間にかあたりは真っ暗に、練習に夢中になって時間の経つのを忘れていた。
保護者の方が心配するからと急いで練習を切り上げ道場を後にした。
Hの顔も、サービスエリアにいたときのような浮かない表情が消えとても充実した笑顔になっていた。帰りの車の中で、

『初めてのことや、慣れない環境で何か行動を起こすということはとても怖いことで逃げ出したくなってしまう。これは大人でも同じことで誰でもそのように思うものだ。でもそこから逃げ出してしまっても、後悔という思いがずっと付きまとうものだ。逃げ出したい気持ちに負けずにやりぬけば今のような爽快感を味わうことができる。だから、自分に負けないように頑張れ!!』

と伝え、Hを家へと送り届けた。その日をさかいに少しずつHは元気を取り戻していった。

その後の強化練習にも、休まずに参加してきた。居残りで打ち込みをして残っていたりもした。本当に子供というのはきっかけ一つで別人のように変化する。

Hの体調もだんだん良くなっていき、5年生が全員そろって活気のある練習が行えるようになっていき、道場全体が非常に良い雰囲気になっていった。

Hは、このように周りに影響を与える雰囲気を持っている。
後輩に厳しく接していることもあるのだが、なぜか後輩から、『H先輩、H君』と慕われていた。
学校でも、Hの意見で学級目標に『志(一生懸命頑張る子)』に多数決で決まったそうだ。

Hは年の離れた妹がいるからかとても幼児や低学年の面倒見がよい。面倒見がよいから後輩たちに厳しくしても慕われているのかもしれない。このような雰囲気を持っているHの復活により川口道場の成長はますます促された。この年は、6年生がおらず、5年生のH達が最高学年でチームをまとめる必要があった。当初は非常に心配だったが、5年生の子一人ひとりがそれぞれ特色があり、それがうまく機能していた。
だから5年生しかいないチームでも団体戦でひと学年上のチームと戦っても非常に良い試合を行うことができていた。

チームとしての成長ももちろんだが、H自身も非常にたくましく成長していった。遠征や合同練習があっても、休むことがなくなっていき、きつい練習から逃げるような性格がどんどんなくなっていって、逆に自分から強い相手苦手な相手を捕まえに行ったりと非常に積極的な練習ができるようになってきた。

そして年が明け、H達が6年生になり、Hのさまざまな成長が確認できる中、自分達が求めていた一番うれしい変化を確認できるある試合がおこなわれたのであった・・・・・

次回に続く


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2009年2月 9日 (月)

泣き虫Hの志ノート 涙の成長日記

平成21年最初の川口道場物語です。

川口道場で指導していてさまざまな子供たちの成長を見てきました。
その子その子で様々な壁にぶつかり、もがき苦しみながらもその壁を一つずつ乗り越えて成長していく。そんな姿を見ていく中で、ひときわ成長してくれた子がいる。

今回は、いろんな壁にぶつかっても、涙と共にその壁を一つ一つ乗り越えていったHの物語です。

それではお楽しみくださいhappy01

Hとの初めての出会いは、自分が以前指導をお手伝いしている道場で合宿をしていた時のことであった。
この合宿に、道場を始めたばかりの川口先生が道場生を何人か連れて参加していた。
練習が終わり、その夜のことをよく覚えている。

当時3年生であった、Hははじめての合宿で、ホームシックになり、
『お家に帰りたいweep
と泣き出していた。

初めての合宿で、県外の道場に泊まるということは3年生の子には少し荷が重かったのだろうか、しかしたった一日でホームシックにかかるとは・・・・・と正直驚いた覚えがある。

そんな出会いから、年が明けて次の年度になり地元である福井県に帰って来た自分は、いよいよ川口道場にて指導を開始した。
最初の練習日は、3月末の『6年生を送る会』という行事からであった。

この時、初めて練習を見させていただいたのだが、まだ始めて間もないということもあり、動きも出来上がっていない子供達が多い中、ひときわ目を引く選手がいた。
体が小さいのだが、技に入るタイミングと、全身を上手に使って相手を投げている。よくよく見てみると、去年ホームシックにかかっていたHであった。
練習中、川口先生の所に行き、『あの子良いですね。名前はなんて言うのですか?』と聞いてみたら、川口先生も『あいつ良いやろ。お前もそう思うか!!あいつはHという子なんだ。体は小さいがとても感覚が良い。』とおっしゃっていました。

練習後の懇親会の時も、そのH保護者の方に『こいつもHの動きは良いと言っていましたよ。もっと練習に来ればもっと良くなっていきますよ!!』と言っていた。
当初、Hは、週に1回しか練習に来ていなかった。

自分が指導者として川口道場に入ったということもあり、練習時間に変化をつけ週3回の2時間練習を行うようになり、それに合わせるようにしてHの練習日も増えていったのだが、そのことによって最初の壁が訪れた。

自分が最初に指導を手伝うにあたって、まず最初に子供たちの意識を変えるということを目標として取り組んだ。
自分を高めること、
強くなるためには何が必要か?ということを子供たちに意識させ、そのために必要な練習の取り組み方をどんどん教えていった。辛いこときついことから逃げ出さないことを意識させ、きつい練習で子供たちを追い込み、その気持ちが折れそうなギリギリのところで頑張ることを一番大事に励まし鼓舞して指導をしていった。

最初の練習の変化にはだいぶみんな面喰ったのだろうか、みんな涙まみれの練習となった。中には、夜にうなされたり、練習に行きたくないと駄々をこねる子もいた。

Hもまたその子供たちの中の一人だった。ある練習日、体操の途中で遅れて練習にきたHだったが、自分のところにきて、泣きながらcrying

『今日は練習をしたくないので、休ませてほしい』

と言ってきた。なぜ練習したくないのか理由を尋ねても、答えない。とにかく練習したくないということの一点張り・・・・・・

『今度、大きな大会があり、Hはそのメンバーの一人だ。お前が休んでしまっては周りのメンバーに迷惑がかかる。お前はそれでもいいのか?』

ときつい口調できいてみたが、

『それでもいいから、休ませてほしい』

と即答してきた。

『自分が楽できれば周りがどうなってもよい』といったような考えがあるということが発覚した。このままではいつまでたってもチーム力がついてこないと思った。まず、このHの意識が変わらなければ川口道場の未来はないとまで思った。

この日の練習はとりあえず何があってもやらせたいと思い。前半は見学させ、練習の内容も少し変え子供が興味を持つような練習を行い、途中からHも練習に入るように促して練習を行わせた。Hは、その日の練習を途中からではあったがしっかり行うことができた。

練習後、Hを呼んで怒りをグッと抑え、練習を途中からでもやり遂げたことを褒め、目標を持ち行動することの素晴らしさと、練習をやり遂げた後の爽快感を自分の体験談を交えて話をした。Hもやり遂げることができた充実感を感じていたからか、自分の話をしっかり聞いてくれた。

その日から、Hも少したくましくなったような気がする。それと同時に、自分ももう少し子供たちと信頼関係を密にするため行動を起こすこととした。

まず最初に行ったのは、練習後、最後の整列での礼が終ったあとにその日の練習で頑張っていた子や壁に当たって苦しんでいる子、怒られてへこんでいる子、今までできていなかったことができるようになった子などを、個別で呼んで、そのことを子供たちに伝えるようにした。どんな些細なことでも、その日気がついたことをなるべくプラスの言葉で伝えるようにした。そしてもうひとつ、試合や合同練習などのイベント事があった時にその時の感想を書かせるようにした。
その書いてきたノートに、川口道場のテーマである『志』という文字をいれ、志ノートとして子供たちみんなにもたした。
こうすることにより、なぜ厳しい練習をするのか、厳しい言葉の裏にはどのような思いがあるのかを子供たちに伝えるようにした。

このノートの効果を一番実感できたのはHだったと思う。

こうして厳しい練習でも何とかついてこれるようになってきたH。その練習の成果を実感できる試合があった。それは7月に行われた県の大会。HはBチームの一人として団体戦に出場した。

そして始まった試合で、Hとても良い内容で試合に勝利した。チームは予選で負けてしまったが、Hの試合はとても内容もよい試合を行っていた。その試合を見ていたほかのチームの先生も『あの子はとてもいい柔道をするなぁ』とお声をかけてくれた。

この試合での勝利がますますHの心を成長させた。練習も休まなくなり、最後までやりぬく練習というのができるようになってきた。
そして、この年の夏に川口道場初のビックイベント、日本武道館で行われる全国少年武道錬成大会に参加することとなった。
川口道場では初めて参加する大きなフリー参加の全国大会。柔道の聖地である日本武道館で4000人を超える子供達が熱戦を繰り広げる大会に参加することにした。

高学年と低学年の2チームで参加。Hも低学年の中堅で参加した。
緊張の中試合開始。
しかし日本武道館というとても大きな会場と全国からたくさん集まった子供たちに圧倒されてしまっているせいか、先鋒・次鋒ともに力を出し切れず、ポイントを挙げることができなかった。劣勢のままHの出番が回ってきた。本来は先鋒で先取点を取ってくるという考えがあったため非常に厳しいと思っていた。ところが中堅のHが鮮やかに勝利してきた。この勝利にチームが勢いに乗った。
大将が勝利し代表戦となり一本勝ち!!
このままの勢いで次々と全国の強豪たちを打ち破りなんとベスト8まで勝ち上がるという大健闘を見せた。

この予想を超える大健闘にHは大きく貢献した。この全国大会での経験もあり、ますます練習への取り組み方に力が入るようになっていった。

こうなってくると、徐々にやらされている練習が自分から行う練習にへと変わっていった。

練習量はますます多くなり厳しさを増していったが、子供たちの涙が消えていった。代わりに大きな声がこだまするように大変活気ある練習を出来るようになっていった。

冬のある日、Hの保護者の方の都合が悪く迎えが遅くなるとのことで、自分家への帰り道の途中にHの家があることもあり送ってあげることになった。
その車の中で、Hに
『どうだ柔道は楽しいか?今と昔とどちらのほうが柔道楽しい?』

と聞いてみた。するとHは即答で

『今のほうが楽しいです。』

と答えてくれた。昔より練習量も増え、練習の中身も激しさを増しているのに、今の練習のほうが楽しいと言ってくれたことに対して非常に喜びを感じた。
自分たちの目指してきたことやってきたことが報われた瞬間でもあった。

しかし、Hにはまだ越えなくてはならない壁が待っているのであった・・・・・・・

続く

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2008年11月12日 (水)

川口道場生物語第7話 Cool girl N ~心に灯った熱き炎~ 最終章

前回の続き・・・・・・

様々な試合を経験し順調に実力をつけてきているN。しかし、練習を見ていて少し気になることがあった。

それは感情を表に出さない性格からか、練習中最後まで決めにいくという気持ちがなかなか見ることができなかった事である。

練習は淡々とこなしている。しかし何か中途半端な練習になってしまっていた。

そんな宙ぶらりんな気持ちで練習をしていたある日、ある柔道チームが川口道場に出稽古に来てくれた。

そのチームにいるWさんとは、一度試合をしたことがありそのときはNが勝つことができていた。しかしこの日の練習試合では完敗。

Nは相手に組み手を支配され、一度も勝つことができなかった。圧倒的な力の差を見せ付けられ合同練習終了。

あのCool girl Nが、感情を表に出して涙していた。よっぽど悔しかったのだろう。自分も初めてああいった姿を目にした。

このできごとがNの柔道に対する取り組み方に劇的な変化をもたらした。

今まではやさしく投げたり、最後まで追いかけることなく中途半端に技を終えていたのだが、この出来事を機に、投げきるまでしつこく追いかけるようになっていた。投げるにしても最後まで極めきる厳しい柔道になってきていた。

このライバルの出現が、Nの心に『負けたくないsign03』という熱い炎を灯したようだ。

このような出来事もあり熱き炎を灯して日々の練習をこなしたN。

そんなNも6年生になり、2度目の全国挑戦をかけて福井県予選大会を向かえた。

今年は大きな怪我をすることなく万全の体調で福井県予選を向える事になった。Nも全国大会に出場しようと、いつも以上に気合が入っていた。

決勝の相手は去年とまったく同じ相手。1年たっておりその子も体が大きくなっているし、何よりものすごく力強くなっていた。
試合が始まり、Nにいつものキレがない。あきらかに緊張して力が入りすぎてしまっている。

試合では、相手の技を返してポイントはないものの有利に試合を進めたが、自分から攻める柔道が出来ていなかった。

結局判定で勝利したものの何かすっきりしない勝負をしてしまっていた。全国大会に出場したいという心に灯った熱き炎が悪いほうに出てしまったようであった。

とはいえ何とか全国への切符を手にしたNは、今度は『今年こそ全国で一本勝ちをするんだ』という目標を持って練習に打ち込んでいた。

立ち技にも一本を取る鋭さが出てきたし、寝技でも自分の得意の攻め方が出来るようになっていった。気持ちのほうも充実しており、今年の全国大会は非常に期待が持てた。

しかし・・・・・・

今年は全国大会目前で、不幸な出来事が起こってしまった。

それは全国大会まであと3週間と目前に迫ったある練習日。この日はよくお世話になっている道場で合同練習を行っていた。このときの練習で相手が片手で掛けてきた技を不用意に受けてしまい、手を突いたところに相手の体が乗ってきてしまった。

あの感情を表にださないNの表情がゆがむ・・・・

すぐにレントゲンを取ってきた結果は、手首の骨の骨折。

大きな転移はないが、しばらく練習は出来ない。ほとんど練習できないまま全国大会当日を向えなければならなかった。

せっかく良い感じで仕上がっていたのに・・・・・自分たちも本当に気落ちしてしまいました。しかしくよくよもしていられません。手の怪我だったので、また足技の反復練習を徹底して行い、出来る限りのことは出来る範囲で精一杯行いました。
治療のほうも、毎日のように行い試合までに何とか最低限動かせるよう努力して行きました。

そして向かえた全国大会。手の痛みは若干残っているものの何とか試合ができるところまで回復することに成功しました。

試合前日のアップでは、自分も道着に着替えNの投げ込みを受けてあげることに・・・・・
この日のNは非常に調子が良く、技が非常に切れていました。投げ込みを受けていた自分の体が悲鳴を上げるほどでしたshock
そしていよいよ試合当日。一回戦は、岡山県代表の選手でした。この選手も2年連続の全国大会に出場している実力者。

試合が始まり、Nは果敢に攻め込みます。しかしあきらかに気合がはいりすぎてしまっていました。
足払いを掛けたところを相手に透かされ燕返しで崩されてしまいました。ポイントはなかったもののヒヤッとした瞬間でした。
しかし、この動きで、すこしNは落ち着くことができたようで、次に組み合うことが成功するとすかさず回り込んでの内股。
タイミングばっちりでしたが、相手もしぶとく耐えてきました。いつもはここで普通に戻ってしまうのですが、この日のNは、ここからケンケン内股に変化し、相手を投げきりました。

判定は技有!!そのあとの処理もしっかり集中しておりがっちり押さえ込み!!

全国大会で初めての一本勝ちを納めることに成功しました。

この絶好調の動きを見て、『このままいけるのではないか?』と思っていましたが、全国はそんなに甘くありませんでした。

予選リーグ2試合目の相手は福岡県代表の選手。Nよりひとまわり大きい選手でした。

試合が始まり、その力強い動きにNは、開始早々に有効を奪われてしまいました。そのあとも辛くも相手の動きをかわすといった試合運びに・・・・

試合の終盤、始めてNの組み手になり、一気に内股を放った・・・・が、なんとその内股を透かされ逆に内股をもらい、豪快に宙を舞ってしまいました。

くやしい一本負け!!でも、本当に素晴らしい柔道に負けたので本当に良い経験が出来たと思いました。

けっきょくNに勝った子は次々と勝ちあがり、決勝戦まで勝ちあがっていました。決勝では敗れてしまいましたが、その綺麗な柔道は見ていて気持ちの良い選手でした。

Nも最初は大分落ち込んでいましたが、この子の活躍を見て、新たな目標ができたようでした。

こうしてNの全国挑戦は幕を閉じました。しかし、この戦いを経験することによりまた新たな炎がNの心に灯ったようです。

一見、冷静な表情で感情を表に出すことの少ないN。しかしそのCOOLな表情の裏で、Nのなかでは、『もっと強くなりたい』といった熱い炎が燃え上がっている。

この熱い炎を絶やすことなくこれからもがんばれ!!Cool girl

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2008年10月31日 (金)

川口道場生物語第7話 Cool girl N ~心に灯った熱き炎~ 2

前回の続き

全国小学生学年別柔道大会福井県予選に向け強化練習を行ない、Nは順調に調子を上げていた。気力・体力共に充実し、見ていても本当に頼もしい練習を行っていた。

大会3日前、最後の調整をかねて、この日は試合稽古をしてみることに・・・・・・

そこで、試合をしていたNに不幸な出来事が起こる。

試合練習中、白熱する試合練習で、Nは右肩を負傷してしまった。それも、自分で手を挙げれないほどの重症。

試合まではあと3日しかない。

すぐに処置をしてみたが、試合にはとても厳しい怪我であった。

『棄権しなくてはならないかも・・・・』

そう思ってしまうぐらいの重症。

しかし、本人は試合に出たいと言う。自分たちはこの状況で出場するかやめるかで非常に悩んだ。
そして、思い切って出場する事を決断。残りの3日は全部治療に時間を費やし、右肩が上がらない状態で試合に出場した。

その全国予選一回戦。相手は良く知る相手であった。
Nは何度かその子に勝利していたので相手の子が気持ちで引いてくれていた。

そのおかげもあって一回戦を開始直後の払い腰で一本とって来た。肩の痛みを感じることの少ない試合であったためにひと安心。

そして決勝戦を迎えた。決勝戦の相手は一筋縄では行かない。非常に力強く、片手のNにはとても厳しい試合でした。途中痛めているほうの肩を寝技で攻められる。
『ヤバイ・・・・』と思ったが、Nは気力で耐え抜いた。
しかし、あきらかに肩の痛みがでているようだ。Nの目にはうっすらと涙が・・・・・

それでもあきらめず、試合終了間際、相手の大外を返して『有効』。そのポイントで勝負が決まった。
大怪我にも負けず、Nは川口道場初の全国出場をものにした。

しかし、全国の切符を手にしたものの、肩の怪我がありしばらくは練習が出来ない状態であった。大会まで3ヶ月あるが、怪我の治療に1ヶ月は最低かかってしまう。まだNは全国で戦えるほどの実力を身につけていない。それなのに治ってからしか追い込んだ練習が出来ない状況に不安がよぎる。

しかしこの怪我によりNはもう一皮むける成長をする事になる。
肩が痛いということで、肩に無理のかからない足払いの1人練習の仕方を教えた。
皆が練習している道場の隅でNは黙々とその練習に励む・・・・・足に重りをつけ、練習日は何百回、何千回と足払いの練習。
N自身もこの練習が好きだった?のか、お母さんの話では、一緒に買い物に行ってもふと見てみると一人で足払いの練習をしている、傍から見たら少しおかしな子になっていたようだ。

その反復練習のおかげで、怪我から復帰した時、この足払いがNの得意技となっていた。これはうれしい誤算であった。怪我で実力が落ちると思っていた自分達の思惑とは裏腹に新しい得意技を身につけ練習に復帰。
練習に復帰した時は久しぶりに練習が出来る喜びからか非常に活き活きとした動きをしていた。

そして向かえた全国大会!!

この年は愛媛県での大会であった。びっくりするほど立派な武道館で、Nの初全国大会の挑戦が始まった。
極度の緊張の中はじまった全国大会一回戦。ここでいきなり全国大会の手厳しい歓迎を受けた。

試合が始まり、相手の子の恐ろしいくらいの気迫に、Nは完全に萎縮してしまう。そのまま何もできないで潰され押さえ込まれてしまった。
痛恨の一本負け。初めての全国大会の試合はこんな苦い経験から始まった。
何もできない、させてもらえなかった試合にNは非常にくやしそうでした。

全国大会は、予選リーグ2試合ある。そして2試合目がはじまった。Nもだいぶん全国大会の畳に慣れたようで、二回戦は、何とか自分の動きを取り戻し、判定ではあるが初の全国一勝を挙げることに成功した。
しかし、リーグ一勝一敗でNの全国挑戦は終了した。

しかしこの経験のおかげで、Nはまた一つ強くなったようである。

道場内でも、実力が1・2を争うほどになってきました。そして光栄なことに北信越の強化指定選手にも選ばれ、様々な経験をつませてもらうことができました。

その中でも、北信越強化合宿では、北信越の強豪たちと一緒に練習する事ができ、そのときに行われた北信越小学生錬成大会と言う大会で、全国小学生学年別柔道大会五年女子40kg超級全国ベスト8の選手と戦い、なんと勝利を収めることができました。

その次に行われた準決勝では全国2位の選手と戦い、敗れはしたものの返されても返されても自分からガンガン攻める柔道ができており、我々指導者を驚かせてくれました。

このほかにも、2月に行われた福井県学年別柔道大会では、5・6年合同の45kg超級に出場。次々と6年生の子達を倒し、なんと5年生の身でありながら決勝戦まで駒を進めました。

決勝の相手は、1学年上の全国出場選手。試合が始まり前半は互角の戦い。しかし中盤に相手は払い巻き込みを連発してきた。その一つで有効を奪われる。そのあと、寝技で惜しいところまでまわすのだが、そこで時間となって敗れてしまった。
しかし、6年生がいる中で決勝まで残るとは上出来の成績だった。

このように、様々な経験をして実力をつけてきたN。

しかし、相変わらず感情を表に出さない性格があるからか、練習では、今ひとつ自分を追い込んだ練習が出来ずにいた。
良い成績を残してはいる。実力も付いてはきている。しかし、しっかり極めきるといった「最後まで取りきる」といった厳しい練習が出来ていないように思っていた。

我々は、その奈桜の練習の取り組み方に物足りなさを感じていた。

そんな時、ある選手との戦いが、奈桜の闘志に火をつけることになるのであった。・・・・・・・・続く

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2008年10月22日 (水)

川口道場生物語第7話 Cool girl N ~心に灯った熱き炎~ 1

ご無沙汰しておりましたhappy01

久しぶりに川口道場生物語を書きたいと思います。

今回のお話は、川口道場最初の全国大会出場選手であるCool girl ことNを紹介いたしますshineキタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!

それでは はじまり はじまり~.。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。.

Nとの出会いは、まだ夏の暑さが残っている9月のことだった。

川口道場に来ていた道場生の紹介で、柔道を習いにきたNは、当時、小学四年生にしては体の大きな女の子であった。

『四年生でこの体格はすごいな・・・・』と思いながら色々声をかけてみたが、なかなか返事が返ってこない・・・・目を合わせようとしてもすぐに目をそらしてしまう。

その大きな体とは裏腹に、非常におとなしい、恥しがり屋さんといった印象を受けた。

Nのお母さんの話では、

『川口道場で練習していたNの友達がみるみるやせて行ったので、何をしたのか聞いてみたら柔道ということだったので習わせてみようかと思いました。』

と言っていました。

ようは、ダイエット目的で川口道場に入門してきたのである。

『ダイエット目的かよ・・・・・』

とはじめは思いましたが、

『物事を始めるきっかけなんて些細な動機であることが多い。これからしっかり柔道の魅力を伝えていこう』

と思い、Nの指導に当たりました。

最初の頃は自分が受身や礼法などを指導していた。

自分が指導してきたなかで、大概からだの大きな子というのは自分の体をしっかりコントロールできずに覚えが悪かったりするのだが、Nは違った。

早々と受身や回転運動、柔道の身のこなしを身につけていった。その吸収力の高さに我々指導陣も度肝を抜かれていた。

そして、入門してから2ヶ月後・・・・・・

少し早いと思ったが、地区の親善柔道大会に出場させてみた。その試合は3人制の団体戦。Nにとってはデビュー戦であった。

試合が始まり、Nのチームは好調な滑り出しで勝利していった。Nもデビュー戦を一本勝ちでデビューし次々と勝利して行った。

残りの2人の活躍もあり、なんと初めての試合で、決勝戦を争うことに・・・・・そこで、N自身は敗れたものの何と初出場、初優勝を経験する事となった。

このときも、うれしそうな表情をする事なく、恥しそうにしていた。

この勝利がNにとって自信となったのか、どんどん実力を伸ばしていった。

練習内容もあまり覇気のある練習とはいえないが、黙々と練習メニューをこなし、辛いと思われる練習でも辛いような表情すら作らず、涼しい顔で練習を行っていた。

そのような練習を黙々と続けていった成果が体のほうにも現れてきた。

入門当初70kgを超える体重が10kgも減少し、ウエストなどは18cmも減少していた。

当初の目的であったダイエットは見事成功!!丸くぽっちゃりした体型が見る見るうちにスマートになっていきちゃんとご飯を食べているのか心配になるほどでした。

しかし、その体系の変化と同時に実力の方はどんどん伸びていった。

そして5年生になり、ついにその実力の程を試す試合をする事になった。

その試合とは、『全国小学生学年別柔道大会』である。

Nは5年生女子40kg超級で福井県の予選試合に出場する事になった。

この全国予選で全国への切符を手にするため日々稽古を積んだ。その成果もあって優勝を狙えるほどの実力を着実に手に入れつつあった。

そんな絶好調な日々を送るNだったのだが、この大会3日前にとんでもない出来事がまちうけているのであった。

続く

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2008年4月23日 (水)

自分の道を信じて・・・・Yの歩む道 最終話

前回の続き

一生懸命練習するY。
その努力が徐々に実りつつあったが、どうしても勝負弱いところがあった。

そんなYであったが、飛躍的に成長する出来事があった。それは、石川県で行なわれる大会に参加したときであった。その大会では前日から石川県で合同練習が行なわれるので川口道場も毎年参加させていただいていた。

その合同練習に、当初選手として起用していた子が体調不良になってしまったので急遽Yに参加するように伝えた。

合同練習には、石川県でいつもお世話になっている竹野道場、石川県でもトップクラスの窪田柔道倶楽部、滋賀県の強豪湖東錬成館、そして全国的にも有名な白根柔道連盟鳳雛塾など、ものすごくレベルの高い合同練習になっていた。

この合同練習で沢山練習試合をさせてもらい、とくに同じ学年の同じような体型の子にまったく歯が立たなかったことが非常にくやしかったらしいが、その経験が飛躍的にYを成長させた。

次の日の試合当日、組み合わせを見てみると非常に厳しい組み合わせになっていた。

予選リーグで、去年の石川県のチャンピオンチームと対戦する事になっていた。正直大差で敗れるだろうと思っていた。試合が始まり先鋒が何とか引き分けてきて次の次鋒戦も強敵相手に何とか引き分けてきた。次に中堅のYの戦い。相手はYの倍の体重を持つ大きな選手。簡単にひねりつぶされるかと思いきや、しぶとく頑張っている。とくに腰を引くわけでもなくつり手で相手をコントロールしながら戦っている。時間間際に相手の捨身の小外で万事休すかと思われたが、ぎりぎりで体を捻り、試合終了。なんと引き分けてきた。その後副将・大将と6年生に取られてしまい、敗れてしまったが、前半で失点なしで戦えたのは予想外でした。

しかしまだ予想外の試合が続きます。この大会は予選で敗れてもその順位でそれぞれ決勝トーナメントに進め、川口道場は予選2位になったので決勝2部トーナメントに進む事ができました。

その初戦は、大将に北信越の強化選手が控えるチームで、なんとしても大将までに勝負を決めたかった。
先鋒が引き分け、次鋒が一本勝ちで向かえた中堅 Yの試合、相手は体の大きな女の子。試合開始直後に大外刈りで大きく崩されてしまう。何とか腹ばいで逃れたものの、非常に嫌な立ち上がりでした。
しかし、この日のYは大きな相手に対して決して気持で引く事はなかった。
そして、なんと小内で有効を奪ってきた。取り返そうと前に出てきた相手に対してすぐさま背負いで技ありを奪い、なんと勝利を納めてきた。
大将が一本負けをしており、この試合でもし負けていたらこの戦いは敗れていただろう。

たった一日の合同練習で同じ学年のしかも同じ体型の子が行う厳しい柔道を体験する事により、ここまでの成長するという事に対し非常に驚いた。

その次の試合は、前日の合同練習でお世話になった鳳雛塾に3-1で敗れてしまったが、Yにとってはとても自信をつけることのできた大会でした。

試合の後の志ノートに『今回の合同練習で、自分でも少し変われたような気がします』と自分の変化を確信する事が出来たと言う手ごたえがあったことが綴られていました。

一生懸命するが、なかなか勝ち星に恵まれず、自分に自信がないためチームのために引き分ける柔道を目指した事のあるY。

しかし、様々な経験から少しずつ自分に自信を持ち、自分を高める事を目指す事が出来るようになってきました。

とはいえ実力的にはまだまだの選手!!自分を高める事を目指し、自分の目指す目標に向かって歩んでいってもらいたい。

Yの中にある困難なデコボコ道。躓いて転ぶ事があると思うが、夢という名の目的地に向かってひたすら歩いていけ sign03

終わり

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