川口道場生物語

2008年4月23日 (水)

自分の道を信じて・・・・Yの歩む道 最終話

前回の続き

一生懸命練習するY。
その努力が徐々に実りつつあったが、どうしても勝負弱いところがあった。

そんなYであったが、飛躍的に成長する出来事があった。それは、石川県で行なわれる大会に参加したときであった。その大会では前日から石川県で合同練習が行なわれるので川口道場も毎年参加させていただいていた。

その合同練習に、当初選手として起用していた子が体調不良になってしまったので急遽Yに参加するように伝えた。

合同練習には、石川県でいつもお世話になっている竹野道場、石川県でもトップクラスの窪田柔道倶楽部、滋賀県の強豪湖東錬成館、そして全国的にも有名な白根柔道連盟鳳雛塾など、ものすごくレベルの高い合同練習になっていた。

この合同練習で沢山練習試合をさせてもらい、とくに同じ学年の同じような体型の子にまったく歯が立たなかったことが非常にくやしかったらしいが、その経験が飛躍的にYを成長させた。

次の日の試合当日、組み合わせを見てみると非常に厳しい組み合わせになっていた。

予選リーグで、去年の石川県のチャンピオンチームと対戦する事になっていた。正直大差で敗れるだろうと思っていた。試合が始まり先鋒が何とか引き分けてきて次の次鋒戦も強敵相手に何とか引き分けてきた。次に中堅のYの戦い。相手はYの倍の体重を持つ大きな選手。簡単にひねりつぶされるかと思いきや、しぶとく頑張っている。とくに腰を引くわけでもなくつり手で相手をコントロールしながら戦っている。時間間際に相手の捨身の小外で万事休すかと思われたが、ぎりぎりで体を捻り、試合終了。なんと引き分けてきた。その後副将・大将と6年生に取られてしまい、敗れてしまったが、前半で失点なしで戦えたのは予想外でした。

しかしまだ予想外の試合が続きます。この大会は予選で敗れてもその順位でそれぞれ決勝トーナメントに進め、川口道場は予選2位になったので決勝2部トーナメントに進む事ができました。

その初戦は、大将に北信越の強化選手が控えるチームで、なんとしても大将までに勝負を決めたかった。
先鋒が引き分け、次鋒が一本勝ちで向かえた中堅 Yの試合、相手は体の大きな女の子。試合開始直後に大外刈りで大きく崩されてしまう。何とか腹ばいで逃れたものの、非常に嫌な立ち上がりでした。
しかし、この日のYは大きな相手に対して決して気持で引く事はなかった。
そして、なんと小内で有効を奪ってきた。取り返そうと前に出てきた相手に対してすぐさま背負いで技ありを奪い、なんと勝利を納めてきた。
大将が一本負けをしており、この試合でもし負けていたらこの戦いは敗れていただろう。

たった一日の合同練習で同じ学年のしかも同じ体型の子が行う厳しい柔道を体験する事により、ここまでの成長するという事に対し非常に驚いた。

その次の試合は、前日の合同練習でお世話になった鳳雛塾に3-1で敗れてしまったが、Yにとってはとても自信をつけることのできた大会でした。

試合の後の志ノートに『今回の合同練習で、自分でも少し変われたような気がします』と自分の変化を確信する事が出来たと言う手ごたえがあったことが綴られていました。

一生懸命するが、なかなか勝ち星に恵まれず、自分に自信がないためチームのために引き分ける柔道を目指した事のあるY。

しかし、様々な経験から少しずつ自分に自信を持ち、自分を高める事を目指す事が出来るようになってきました。

とはいえ実力的にはまだまだの選手!!自分を高める事を目指し、自分の目指す目標に向かって歩んでいってもらいたい。

Yの中にある困難なデコボコ道。躓いて転ぶ事があると思うが、夢という名の目的地に向かってひたすら歩いていけ sign03

終わり

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2008年4月15日 (火)

自分の道を信じて・・・・Yの歩む道2

前回の続き

まじめで頑張り屋のY。
なかなか試合に勝つことが出来なかったが、少しずつ力を付けていき、練習試合などで何度が勝ち星を収めるようになっていった。

しかし、その反面『負けたくない』という気持が徐々に強くなってきて、それが悪い方向に出てきてしまった。


それは福井県内のある大会のとき・・・・

Yは団体戦の選手に選ばれていた。しかしその大会の団体戦は、4・5・5・6・6・6年生で構成される団体戦で、このとき川口道場には6年生がいなかった。
なので、5年生が6年生のところで試合に出なくてはならなかったのである。5年生のYも体重の関係で6年生と戦わなくてはならなかった。

試合が始まり、6年生のいないチームで厳しい戦いが予想されたが、前半の子達が活躍してくれたおかげで次々と勝利していった。

そして向かえた予選リーグ最大の山場。
相手は、前回の大会のときに敗れたチームであった。先鋒戦が引き分けになり、ここからは、前回とまったく同じ顔合わせとなった。

今回の試合では、二人が続けて一本勝ちをしてきた。しかし、前回はここから3人が一本負けをしてしまい負けている。とくに副将、大将は福井県でもトップクラスの6年生、となると勝負はYにかかっていた。

いざ試合が始まると、Yはいつもと違う動きを見せた。それは、いい意味ではなく悪い意味で・・・・
負けないように極端に腰を引き、技も潰れるようにかけ寝技に引きずり込む。2分の試合であったので、この動きが最後まで通用し引き分けてきた。このあと副将は敗れたが、大将が引き分けて2-1で勝利することが出来た。

しかし自分としてはこの勝利は喜ぶことが出来なかった。
以前敗れたチームにリベンジした。前回の試合から半年もしないのに同じメンバーで勝利できたと言うことは非常に喜ばしいことであり、ましてや6年生のいない状態でこのような結果を出してくるとは思ってもいなかった。
子供達の努力を褒めてやりたい気持ちが非常に強かったが、試合の後Yに厳しく注意をした。

『お前がやってきたことは柔道ではない!!逃げ回り自分の動きを捨ててまで勝利しても何の意味も無い。お前は、お前の動きで勝負すればいい。チームの犠牲になる必要はないんだ。オレはお前にそんな柔道を求めていない!!』

実際、Yが引き分けてくれたおかげで勝利することが出来た。しかし自分はそれを認めたくなかった。チームのために一生懸命引き分けを狙う。みんなのために必死でなりふりかまわず頑張ったと思う。
その気持は非常に認めてやりたい。がしかし、このような事でこれから先、自分の形を崩してまで引き分け狙いの選手になってもらいたくなかった。
まだ小学生、この先どのような成長をしてくれるのか楽しみな時期である。
それを目の前の勝利を優先して自分を犠牲にしてまでみんなのために頑張るというのは何か違うような気がした。だからあえて、頑張ったYに対して厳しく注意をした。

Yも解ってくれたのか決勝トーナメントでは、いつもの正々堂々の柔道で戦ってくれた。結果はそのせいで負けてしまったが、それでも胸を張ってよい戦いで、3位入賞に貢献してくれた。

そんな経験が、あったからか益々練習の態度がよくなってきた。当然他の5年生がキャプテンを中心に盛り上げ道場全体が活気づいてきている。

その年の、年末にいつも行なう道場行事である『川口道場納会』のときに、その年頑張っていた選手達にあたえる年間表彰で、誰に一番の名誉がある川口道場賞を与えるか話合った。そのときに、指導者みんなが声をそろえてYに与えてやろうと満場一致で決まった。

試合で結果は出せなくても、目標に向かってひたむきに努力する事ができており、そのほかにも下のものの面倒見も大変よく、何より川口道場の練習の雰囲気を良い意味で作ってくれた。
試合の勝ち負け以上に本当に大事な『柔道』というものを行なっていたように感じたのでYに柔道着を与えた。
Yもまさか自分がもらえるとは思っていなかったらしく非常に驚いた顔をしていたのを良く覚えている。

それから、さらにYは練習に頑張るようになっていった。
その成果によりYも徐々に力を付けていた。
しかし、どうしても負け癖がついているかのように肝心なところでもろいところが直ってこない。

そんなYであったが、飛躍的に成長させる転機がが訪れるのであった。・・・・・・続く

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2008年4月 9日 (水)

自分の道を信じて・・・・Yの歩む道

Yとの出会いは自分が初めて川口道場に顔を出した時である。

そのときは自分は道場に住まわしてもらっており、『6年生を送る会』という行事に顔を出した時であった。

柔道着を着て若干緊張しながら道場へ・・・

もうすでに何人か子供達が集まっているなかに当時4年生のYがいた。初対面であるにもかかわらず、人見知りせずに色々話しかけてくる子供達のなかで、Yが

『これから僕達に柔道を教えてくれるの?』

と質問してきた。

『ああ、そうだよ』

と答えると、その子は

『おっしゃー!!』

とガッツポーズをして喜んでくれた。

正直、非常にうれしく思いそしてしっかり指導しなくてはいけないと気合も入った。

その日初めて練習風景を見せてもらった。まだ道場をはじめて一年とちょっとだったので形はまだ出来ていなかったが、どの子も一生懸命練習していた。Yにアドバイスしてみたのだが目を輝かせてその話を聞いていた。

しかし、Yは一生懸命練習するのだがなかなか勝負に勝つことが出来なかった。

運動神経が悪いわけで無いのだが(むしろ良い方)乱取りの練習でも試合でも、肝心なところで簡単にやられてしまう。

『子供が勝てないのは指導者のせいである』と考えている自分としては、この結果に非常に悩んだ。かといって基本の形を崩してまで勝ちにこだわる気もない。しかし、一生懸命練習しているのに試合で結果がでないと言う事で非常に申し訳ない気持ちにもなっていた。

しかしYは、結果がでなくてもしっかり自分達のいうことを聞いて、一生懸命練習することが出来る子だった。厳しい練習で夜うなされることもあったらしい。それでも自分達の指導を信じてしっかりついて来てくれた。

そんなYは、勝負にこそ弱かったが、大変お手本になる選手だった。練習態度も申し分ないが、後輩の面倒見が非常によく、道場の練習の雰囲気を作るのが非常に上手かった。柔道で強くなるのに必要なもの、たくさんあるがそのなかでも道場の雰囲気と言うものを自分は非常に重要視している。

柔道をしていれば、どうしても気分の乗らない日というのがあると思う。『強くなりたい!!』と思っていても、その日によって『今日は別に手を抜いてもいいか・・・次の練習で頑張ればいいか・・・』という風に妥協してしまう日があると思う。人間なのだからそれは仕方ないましてや小学生、『自分を高める為に自分を追い込む』という風に意識の高い子はなかなか少ないと思う。しかし、この練習したくなるような練習の雰囲気が出来ていれば、最初は気分が乗らなくても練習しているうちにいつの間にか一生懸命練習してしまう。そのような、練習の環境が大変重要になってくる。

この雰囲気というのは、指導者が怒鳴り散らして作るものではあまり効果が無いと思う。あくまで『子供達自身が自分達で作り上げるもの』と考えていた。
この雰囲気作りに当時のキャプテンや6年生たちも頑張って取り組んでいたが、そのなかでいちはやくこのYが4年生ながら雰囲気作りに力を注いでくれた。自分は大きな声を出し、一生懸命練習する。下の学年のものにも声を出すように注意したり、元気の無いものには声を掛けたりしていた。

この行動に他の4年生も追従し皆でよい雰囲気を作り上げていた。この働きに自分は非常に目を見張った。
5年生になる時に、キャプテン候補に自分はYを押すほど、この雰囲気作りに長けていた。
しかし、実力不足ということもありキャプテンは別の子になったが、それでもしっかり雰囲気作りに貢献してくれた。

5年生になると、少しずつYも試合に勝てるようになってきた。と言っても体が極端に小さいYだったので、体の大きな相手には簡単にひねりつぶされていた。それでも毎日の積み重ねで寝技で勝ちパターンを持つことが出来るようになってきた。

滋賀県の合同練習試合会に参加したときに、このパターンで何回も勝利することが出来た。なかなか勝つことの出来なかったYが少しずつ勝利できるようになって本当にうれしかった。

しかし、少しずつ力をつけてきてしぶとくなってきた反面、『何をしてでも負けたくない!!』という気持が芽生えてきてしまったのであった。          続く

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2008年1月22日 (火)

川口道場物語 第5話 M 不死鳥のごとく・・・最終話

前回の続き

柔道の試合において団体・個人戦ともに大活躍であったM。その絶好のさなか、まさかの大怪我をおってしまった。

あまりにも大きなケガの経験により柔道に恐怖を覚え、柔道を辞めてしまおうとまで考えていたMであったが、同じ練習を行なっていた川口道場の仲間たちの励ましにより、その恐怖に打ち勝ちまた柔道をする為川口道場に戻ってきた。

道場に道着を着て久しぶりに練習を行なった後、Mを呼んで

『よく怪我の恐怖からこの場所に戻ってきたな。おかえりM!!』

と話をした。Mもこの場所に帰ってこれたという喜びからか、涙を流しながらこの話を聞いていた。

ケガの恐怖という試練を乗越えたMであったが、本当の試練はこれからであった・・・

長期間の入院・そしてリハビリ期間があったため、予想以上に体力が低下してしまっていた。以前出来ていた動きのほとんどが出来なくなってしまっているし、少し動いただけで、息が上がってしまっていた。これには本人もショックの色を隠なかった。
一番ショックを受けていた事は今まで負けたことのない相手にまで練習中投げられたり、抑えられたりしてしまった事であろう。
まあ、長期間ずーと運動していないわけであるから当然といえば当然なのだが、本人はこのような経験をしたことがなく次第に練習で投げられないように抑えられないように守るような練習が多くなっていった。
気持を前に出して戦う事を目指している川口道場ではこのような守る練習をすると厳しく激が飛ぶ。
トレーニングでも出来るまで最後までやり抜くよう指導する。途中で挫折させない。これらの練習を復帰して間もないMに行なわせた。
『Mならきっと大丈夫!!』と自分に言い聞かせ、次の大会に間に合うようみんなと同じような練習をどんどんやらせた。
これが大きな間違いであった。長期間柔道から離れていた子に、以前と同じようなイメージで柔道を教え、Mが休んでいる間に強化されている練習内容を同じようにやらせ、ついてこれないで気持の落ちているMに、厳しく注意した。
柔道からMの気持が離れていくのにさほど時間はかからなかった。
Mは次第に練習を休む事が多くなっていってしまった。
自分は最初、『試合が近いのに、こんなところで練習を休んでる暇ないだろう』と思っていた。『試合に勝てさえすればまた気持が上がってくる』と考えていた
が、次第に、自分のやっていた事の愚かさに気付いていった。

結局、Mのためにと思ってやっていたことは、Mの事を成長させようとする事ではなく単なる勝ちを意識させて勝つ喜びだけを押し付けているだけだった。
Mがどのような気持で道場に帰ってきたのか、そして勝つことにより柔道が好きだったMが負けることでどのような気持ちになるのか、そのM自身の気持を見ることなく、間近に迫っている試合に間に合わせる事ばかり考えていた。
柔道では勝ち負けより、もっと大事なものがある。それを学んできて、そして子供達に伝えないといけないのに子供達と一緒で勝ち負けばかりを意識してしまっていた。
『勝つことで柔道は楽しくなるが、勝つことだけで好きになったものは負けが続いたとき壁に当たった時に柔道が嫌いになってしまう。でも努力する事を好きになった子は、勝っても負けてもそして柔道以外でも何でも努力し成長する。それを教えるのが我々指導者である。』
そのことを教えるのを目標に指導していたはずなのにいつの間にか
『試合に勝つことで柔道を好きにさせよう』
といった考え方で育て、試合に勝てればそれでいいんだというふうに教えてしまっていた。

このことに気付いた自分は初心に帰り、『試合に勝つ様に柔道をやらせる』ということではなく『弱い自分に勝てるよう努力できる環境を作る』ということを目標に指導に当たりました。

しかし、一度離れてしまったMの気持はなかなか戻ってはきませんでした。勝つことの楽しみだけで柔道が好きになっていたので、挫折した時なかなか気持が上がってこない。しかしこれは自分のせいでもあるので、無理にやらすような環境は作らず、Mの気持が戻ってくることをひたすら待ちました。少しずつ声を掛けていき、また練習に少しずつ戻ってくるようになってきました。以前と比べるとまだまだ動きは戻ってきてはいませんが、1歩1歩着実に成長してくるようになってきました。
そして去年坂井町の団体戦の試合で、周りのチームメイトの力も借りて見事久々の優勝(2連覇)をすることが出来ました。
そして、今年平成20年に入り、直接持って来いと言っていないのにMは新年の目標を志ノートに書いて提出してきました。そこには、大怪我を経験した事でケガに恐怖心があるようなことが読み取れましたが、しかしMの目標には、また強くなることを志す文章が書かれていました。

ケガの恐怖、そして挫折、 柔道に対してマイナスのイメージまで持ってしまいどん底まで落ちたM。
しかし傷を負った不死鳥がどん底の地底から、また大空をめざし顔を上に向け始めました。
また大空を羽ばたく日を目指して!!

そう、何度倒れ、地に落ちたとしても、また大空を羽ばたくあの不死鳥のごとく・・・・・・

終わり

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2008年1月15日 (火)

川口道場物語 第5話 M 不死鳥のごとく・・・その2

前回の続き
気持の部分に弱点をもつM。

その弱点を克服すべく次々と様々な練習を行なった。自分自身もMだけでなく低学年の子と様々な出来事を通じて信頼関係を築いていった。

そのなかで、色んなところに出稽古に出向き、川口道場の低学年の子は色んな形で成長をしていく事ができた。
Mも気持の弱さは相変わらず見え隠れするが、様々なイベントを経験する事により少しずつ成長していった。
Mの場合、試合に出れば結果がついてきていたので、すぐに自信をつけ練習の雰囲気もよくなってきた。やはり試合に勝つということが一番子供の意識を高めるのに手っ取り早い。
そして、一番意識が変わったのは、11月の醍醐敏郎杯全国少年錬成大会の出場であった。
前日の練習試合や試合を通じて全国のレベルを肌で感じることが出来、この大会から帰ってきてから練習の態度が非常に良くなった。
この全国大会を経験した後、試合でも優勝の数が増えていき、団体、個人共に大活躍していた。

その絶好調のMに、まさかの落とし穴が待っていたのである。それは、忘れもしない3月23日のことだった・・・・

その日も大変意識の高い練習を行なっていた。このとき、今まで体の大きかったMは全国大会を経験して自分より大きな相手を沢山見ていたので、担ぎ技である背負い投げを練習していた。
技の中でもたいへん難しいと思うこの背負い投げも、Mは持ち前の身体能力の高さと意識の高さにより少しずつものにしていた。
一つ上の学年の子でも、たまに担いで投げていた。

そしてその事件はおこった。しかも自分の目の前で・・・・

立技の練習中、もうあと少しで終わるという時に、一つ上の学年の子と乱取りを行っていた。
学年が上の子であってもお構いなしに攻め立てるM。上の学年の子は、Mより頭一つ身長が高かったのだが、このときはMにいいように攻め込まれていた。
そしていいタイミングで背負い投げに入った。綺麗な立ち背負い。相手の子は勢いよく担ぎ上げられていた。しかし、Mがあまりにも勢い良く入りすぎてしまったために、バランスを崩してしまい勢いよく潰れてしまった。このとき相手をかばってか、巻き込まなかったため、引き手側の肩口から畳に落ちてしまい、その上から相手の子が乗っかる形に、すぐにMの状態を確認すると上腕の上部に圧痛がある。『これはヤバイな』と感じすぐに応急処置だけして、病院のほうにいってレントゲンを撮ってもらった。
診断の結果は、上腕骨の骨折。しかも子供の頃にある骨端線という成長に関係する軟骨が離れてしまっていた。ここの骨折の治療はしっかりしておかないと後々成長障害などを引きおこしかねない場所である。
すぐに手術が行われしばらくMは柔道の出来ない体になってしまった。

というより 『もう柔道を続けてくれないのではないか?』 とすら思った。

それは川口先生と一緒にMが入院している病院にお見舞いに行ったときのこと、その時のMは、いつもとはぜんぜん違った。自分達に完全に怯えている。完全に柔道に対する恐怖でいっぱいのようだった。それも無理もない。まだ小学1年生でこれほどの大怪我を経験、そして手術を行ったわけである。怖くないはずがない。
『また練習にこいよ!!』と声をかけても、返事が返ってはこなかった。

このまま柔道をやめてしまうのか・・・とすら覚悟を決めたのだが、後に『怪我が治ったら柔道頑張る』というふうにMが言っていたという話を、ある人から聞いた。
なんと、道場の子供たち皆がMのところにお見舞いに行き、そして励ましていたそうだ。道場の皆で作った色紙にはMを励ます言葉が書かれていた。みんなの声かけに励まされ、Mは大怪我という恐怖に打ち勝ち、また川口道場に戻ってきてくれた。
本当にこのとき、『自他共栄』の精神が子供たちにも伝わってくれたとうれしく感じた。

そして8月にMは道着姿で川口道場に戻ってきてくれたのだった。


しかし、ここからの指導で自分は大きな間違いを犯してしまうのであった・・・・・続く

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2008年1月 9日 (水)

川口道場生物語 第5話 M 不死鳥のごとく・・・その1

久しぶりに川口道場生物語を書きます。

2008年一発目の道場生は M !!それでは、はじまり はじまり~!!

Mと、初めてであったのは、自分が川口道場に初めて指導者としてきた時。すでに川口道場で練習をしている子であった。
川口 稔先生にどんな子か話を聞いてみると、なかなかの実力者で、柔道を始めてまだ間のないのに地区の大会でオール一本で優勝したこともあるそうだ。
確かに、まだ一年生だったのだが体も大きくがっちりしていて力もありそうだった。それだけでなく、打ち込みを見ていてもなかなか上手に技に入っている。寝技も教えた事をすぐ吸収する覚えの良い子だった。立技はまだ力で振り回すといった感じだが、まだまだ強くなるような予感をさせる子だった。
話をしてみると
『この間の試合は、僕が優勝したんだよ』
と自慢しており、少々天狗さんになっているようでもあった。
しかしそれだけ自信を付けていると解釈すればまだまだ強くなるだろうと思っていた。

しかし、この子には意外な弱点があったのである。

それが発覚したのは、6月に行なわれたある地区の大会でのことである。
その日は午前中団体戦、午後から個人戦が行なわれた。
この日川口先生は、北信越の形の大会に出場しなくてはならなかったため自分が引率して大会に臨んだ。
午前中が無事終わり、昼食を取ってから午後の部の個人戦が始まる。

個人戦の第一試合。いきなりMの試合からであった。相手は一度勝ったことのある選手であるが知り合いの先生の息子さんで実力があることは知っていた。Mに試合前『相手は一度勝った事があるかもしれないが強いから油断するなよ!!』と告げて試合を見やすい場所に移動した。自分は、川口道場の低学年の子が試合をするのを見るのが初めてだったのでどんな試合をするのか非常にたのしみであったのだが・・・・!?
何か様子がおかしい。
急いで駆けつけてみると、なんとMが泣き出しているではないか(T0T)
『何で??』
と思い聞いてみてもただひたすら泣いているだけ・・・訳が解らない???
大会の運営係の方が気を利かせてくれて後半に試合を回してもらい、なんとか半ば強引に試合を行なう事ができたのだが、そんな気持の状態で勝てるわけもなく、判定で敗れてしまった。結局その試合に勝った子が、その大会を優勝するという結果でその大会は終了した。まだ、低学年の子と信頼関係を築くことの出来なかった自分はなぜそのような状態になってしまったのかわからずじまいでした。

後日川口先生がMから話を聞いたところによると、第一試合の経験がなく、そこに自分の『相手は強いぞ!!』という余計なアドバイス・・・緊張のあまり泣き出してしまったようだ。
そう弱点というのは気持の弱さである。体も大きく力があり運動神経も良い、ただそれを発揮する気持が弱かったのである。
これは普段の練習でも気付くことは出来たはずなのであるが、その技術的なことばかり見ていたので完全に見落としてしまっていた。

この気持の弱いMとどのようにして信頼関係を築き、そしてどのように育てていこうか・・・・非常に頭を悩ます日々の連続でした。
しかしそんな気持の弱かったMに徐々に変化が起こったのでした・・・・・続く

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2007年9月30日 (日)

川口道場物語第4話 モジモジ王子!?最終話?

前回の続き
モジモジ王子Fが川口道場にきて約1年が経とうとしていた。

自分の苦手な事にはなかなかチャレンジできない F。 何とかその癖をなおさせてやりたいと日々頭を悩ませていました。

そして、ついに恐れていた壁にぶち当たる時がきたのです。

ある日、Fが足を引きずりながら道場にやってきた。話を聞いてみると、学校で怪我をしたらしく、膝の辺りを痛めたらしい。
傷口を見せてもらうと、かなり深くえぐれていたらしく、何針か縫ってあった。
2週間もすれば何とか練習できるようになるかと思っていたのだが、なかなか傷の治りがよくなく、結局1ヶ月ぐらい練習することが出来なかった。

この1ヶ月の期間が、Fの大きな壁となりのしかかってきた。この1ヶ月で、周りの子供達との力関係がすっかり逆転してしまっていたのである。
今まで練習で投げることの出来た子が投げれない。下の学年の子には寝技で抑え込まれる。自分の思いどおりに練習中動くことが出来ないようだ。
Fが休んでいる間もこつこつと努力を続けていた子が力を付けてきており、いつの間にかFより力を付けていた。

Fにとってこれはショックだったと思う。今まで苦労することなく投げることができていた相手を投げることができない上に、やられたことの無い相手にまで投げられる始末。初めての経験にFはとても困惑しているようだった。
しかし、苦手なことに挑戦することのできないモジモジ性格なので今まで簡単に出来ていたことが出来なくなる経験にすっかり自分を見失ってしまっていた。

この状態を見て自分もこの F にどのように接すればよいのか大変悩んだ。自信を無くしている子を、叱り付けてでもがむしゃらに練習させ自信を回復させるキッカケが来るのを待つのか、それとも褒めておだてて自信を回復させる指導をするのか・・・・

色々なやんだ結果一つの答えにたどり着いた。それは、今試合に勝つような技術を教え、勝つことによって自信回復させてあげることではなく、Fと一緒にこの壁をどういうふうに乗り越えればいいのかを考え、何かに挑戦する姿勢を教えてあげるということだ。
このことにより、Fのできないことはやらない、という消極的な考え方を、できないことを何度も何度も挑戦し克服していくという積極的な考え方に変え精神的な成長をサポートしていくという指導方法をしていこうと決めた。

次の練習の日、この日も学年のしたの子に押え込まれたり練習中、皆と一緒の練習についてこれずトイレに吐きにいっていたりと散々な練習をしていたFを、練習後自分のところに呼んだ。
『また怒られるのか』と怯えながら恐る恐る自分の前に座るFに自分は
『今日の練習はどうだった?』
と聞いた。
突然『どうだった』と聞かれてどう答えてよいのかまったく分からないFは、
『何を言っているのだろう?』
と、不思議そうに自分の顔を見つめて首を傾げていた。何も話し出さないFに、そのあと何も聞かない自分。2人の間に沈黙の時間が流れる。そのままの状態で20分。このままでは家に帰れないとおもったFが、自分がダメだったことを、一言二言ボソボソッと話をしだした。その事に対し自分は
『そうか!!今日はこういうことがダメだったんだな』
とFのいったことを同じように言うだけで、
『よしもういいぞ!!』
とFを開放した。Fにとっては何がしたいのかまったく分からなかったと思う。しかしこのようなことを毎回練習のたびに行なうようにした。
最初は、何を答えていいのか分からずモジモジしていたFだったのだが、日を重ねていくうちに何を言っても否定も怒られたりもしないので、だんだんすぐに答えれるようになってきた。答えも簡単な答えだったのがだんだん複雑な内容に変化していき、
『何々が悪かったので次にどうするといいと思う』
というふうに次への課題が言えるようになっていった。
それからというもの練習にも少しずつ変化が見られ、いつも顔色を窺いながら練習していたFがやれとも言わない体落しを使ってみたり、自分で工夫する練習をするようになっていった。

そして、この様に変化していっている丁度良いタイミングのときに、合同練習試合が行われその時、いつも簡単に負けていた子に運よく一本勝ちをすることができた。この練習試合での勝利がFの自信を回復させてくれた。これをキッカケに少しずつ立ち技にも寝技にも良い動きが復活してきた。そしてうれしい変化は、柔道だけではなかった。
それは、練習が終わり皆が帰っていくとき、Fが師範室の前にまで来て、大きな声で
『ありがとうございました!!』
と言ってきた。柔道をやっているものであればこの当たり前の挨拶もFにしてみればちょっとした事件である。これには我々指導者も驚き
『なんや~ F 声出るやないか~』
とうれしい気持ちを抑えながらFに言葉を掛けた。
Fも恥しそうに首を傾けモジモジしていた。

こうして、モジモジ王子に少しずつではあるが変化が訪れていったのである。
とはいえ、Fをはじめとしてモジモジしてしまう事の多い子がたくさんいるモジモジ王国の川口道場。
その中でも一番モジモジするモジモジ王子のFのちょっとした変化の積み重ねが今後の川口道場を大きく変えて行ってくれるだろう。
このお話の続きは、このモジモジ王子 F が大変身をしてハキハキ王子 F になった時また語りたいと思います。

大変身を期待してるぞ、がんばれ F !!

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2007年9月21日 (金)

川口道場物語第4話 モジモジ王子!?2

前回の続き

恥ずかしがり屋のFに指導を始めるようになり、一週間が過ぎた。

指導をしてみて、改めてFの身体能力の高さに驚かされる。打ち込みの形などはほとんど教えることがいらないほど出来ている。
当時、2年生はFしかいなかったので、一つ上の学年の子と練習していたのだがその子でも投げてしまうほどの力を持っていた。

しかし・・・・ひとつ気になることがある。

それは、出来る事は、すぐに出来るのだが、出来ない事、やったことの無いことにはなかなかその事に取り組もうとしない。
たぶん、失敗することが恥かしいのだろう。回転運動でも出来る動きはすぐ出来るのだがやったことのない動きになると、動きが止まってしまう。
『こういう風にやるんだよ』
と教えてあげても・・・・ やらない。
『失敗してもいいから、まずやってみな』
・・・・やらない、首を傾げるだけだ。
『間違う事を怖がらず、まずやってみるんだ!!そして失敗したら、何がダメだったかを考えできるように何回もやってみる。これが練習だ。最初から出来る子なんていない。だからやってみろ!!』
・・・・モジモジしている、やりだそうとするが、直前になりまたこっちを見て首を傾げる。
『ダメだこりゃ・・・・』
と言った感じで、何度説得しても、出来る事しかやりださない。それでも何回か練習日を重ねるうちに家で練習してくるからか、何とかできるようにはなっていった。

しかしこのようなことをしていては、壁に当たったとき、なかなかその壁を乗り切る事は出来ないのではないかと心配していた。何か苦手な事があったりしても、今のままでは克服することは出来ないだろう。
現にFは、形は綺麗なのだが、体が小さいと言う事もあり、体の大きな相手を苦手としていた。
体が小さいから・・・と言うより、体の大きな相手に向かっていくということが出来ないようだ。体の小さいものが自分より大きいものと戦う時に一番必要なもの、それは、
『絶対に投げれる!!』
と、自分を信じ勇気を出して向かっていく 『強い気持ち』 である。

F には、この『強い気持ち』が、どうしても無かった。体の大きな子やガツガツ前に出て攻めてくる子を苦手としており、負ける時は簡単に負けてしまっていた。

これには、何度も本人に話をしたが治っていかない。練習で追い込んでみても出来る事は出来る出来ない事は出来ないと、割り切ってしまっており、なかなか良い練習も出来ていなかった。

それでも、地区の大会などでは、団体、個人共に優勝をしたりして、結果は出していた。

結果が出るので自分の悪いところが見えてこないのかもしれないが、F のモジモジ癖は少しも直っていかなかった。自分もそこを直していきたいと厳しく言えば言うほどF との距離が離れていくように感じていた。

このように信頼関係を築くことの出来ないまま、1年が経った。

そしてついに、恐れていた『Fが壁にぶつかる日』を向かえるのであった・・・・・・続く

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2007年9月11日 (火)

川口道場物語第4話 モジモジ王子!?

最近、 ”~王子”というのが多く存在する。
ハンカチ王子、にはじまりハニカミ王子、はたまたポッチャリ王子(ゴルフ・古田幸希選手)やはなわ王子(高校野球・佐賀北ピッチャー)など、あちらこちらに王子が存在する。

そしてここ川口道場にもこの~王子が存在する・・・・

その名も『モジモジ王子 F 』!!

川口道場には、モジモジしてしまう子が多いのだが、その中でも群を抜いてモジモジしている子だ。

この子との出会いは、福井県の強化練習会でのこと。
この子は最初から川口道場で柔道を始めていた子ではなく、最初はいつもお世話になっている丸岡柔道スポーツ少年団で柔道を始めた子だった。

最初、この子を見たとき運動能力の高さに非常に驚かされた。特に背負い投げの形などはとても2年生とは思えないほど、綺麗な入り方をしていた。

『いい選手もいるもんだな』

とそのときは思っていたのだが、後日その子がある事情で川口道場に移籍して来たいと言ってきたのだった。
丸岡柔道スポーツ少年団の先生達と色々お話をして、Fを指導することをを引き受ける事となった。

そして川口道場での練習初日

Fが道場にやってきた。Fは体があまり大きくない男の子である。
最初に挨拶をしたのだが、なかなか挨拶することが出来ない。しばらくして、お母さんに言われてなんとか恥かしそうに小さい声で

 『こんばんわ・・・

と、何とか挨拶をすることが出来た。

『まあ、最初だからしかたないか・・・。徐々に慣れていくだろう』

と思っていたのだが、このFとの信頼関係を築く為の、様々な試練が待ち受けているとはこのときは露とも知らなかったのである・・・・・続く

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2007年6月19日 (火)

川口道場物語 第3話 変身 スモールドラゴン 最終話

最初の頃は練習から逃げるためにトイレに2回も3回も逃げ込んでいたR。仲間達と厳しくつらい練習を乗越えていき、徐々にたくましく成長していきました。

そして、平成19年2月。1年間練習してきた成果を図る大会が行なわれた。

この大会は、団体戦1年生から6年生まで、1人ずつ学年順で構成される、6人制の団体戦である。このとき、5年生の子が川口道場にいなかったので、1人少ない状態で戦わなくてはならなかった。Rは、3年生の中でもだいぶ小さいほうである。1点失った状態のチームなので、失点してはならないという状況での試合が続きました。

しかし、Rは、この団体戦ポイントをとられることは無く、小さい体を目一杯大きく動かして果敢に戦っていました。
いつもは泣きそうな顔をしているのですが、試合が始まると何かスイッチが入ったかのように、別人の顔になり相手に飛び掛っていきます。

予選リーグを1位で通過、決勝リーグへと駒を進めました。
決勝のRの相手は、体はRとあまり変わらない小さな女の子ですが、動きが大変鋭く、正直一点取られてしまうのだろうと思っていました。

試合が始まり、序盤から激しい組み手争いから始まり、手に汗握る試合を繰り広げました。しかし、試合が中盤になって来ると、やはり相手のほうが動きが早く、徐々に相手のペースになっていきます。しかしRは、最後まで心を折ることなく最後まで戦い、何とか引き分けてきました。その活躍もあり、この大会で、川口道場初の団体戦優勝を勝ち得ることが出来ました。

午後からは個人選があり、3年生は体重無差別の試合でした。ここでもRは、自分より体の大きな相手にも臆することなく、大声を出して立ち向かっていき、しぶとく勝ち上がっていきました。この闘志むき出しの姿には、とても昔の面影もなくまるで別人のようでした。そして、なんと決勝戦まで勝ちあがりました。

決勝の相手は、団体戦で戦ったあの女の子でした。試合前に『個人戦なんだから、引き分けなんてない。強い相手だが取りに行ってみろ』と伝え試合へと送り出しました。

試合が始まり、団体戦の時は防戦が多かったが、個人戦では果敢に攻めていきました。しかし試合中盤、相手に先に入られてしまい抑え込まれ無念の一本負け・・・

しかし、伝えたとおりに怖がらず果敢に攻めてきたRに、『いい試合だった』と伝え次に頑張るよう励ましました。

あの弱々しかったRの堂々とした試合ぶりに大変感動し、この成長を大変うれしく思いました。

確実にRの中のスモールドラゴンが目を覚ましてきているようです。
これからも、色々な経験をしていき、更なる成長を期待しております。

がんばれ!!スモールドラゴン R

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2007年5月31日 (木)

川口道場物語 第3話 変身 スモールドラゴン2

前回の続き

体も小さく気も小さいR。川口道場にいても、ほとんど存在感が無く、練習前などいつも隅っこでジッとしてみんながはしゃいでいる姿を遠くから見ているような子でした。

練習が始まっても、体が小さいこともあり、オモチャのように投げられたり押え込まれたりしていつも泣いていた。

この子の学年はR一人しかおらず『この子は柔道を続けていくことが出来るだろうか?』ととても心配でした。
『体が小さいのだから、この子だけは少し練習量を減らしたり少し甘く柔道をさせようか?』という考えも頭をよぎりましたが、自信をなくし、いつも泣きそうな顔で痛くないように自分から転がっている姿を見て
、柔道をやっているのだから少しでも強くなってもらいたい、自分に自信を持ってもらいたいと思いRにはみんなと同様厳しく接しました。

まず最初にRに教えたことそれは『自分はダメなんだ』という考えを捨てさせ『やれば出来る』という気持ちに変えることでした。
Rはまず自分に自信を無くしてしまっている。だから投げられるにしても痛くないように自分から転がるように投げられていた。
その事については厳しくRに言って聞かせ、投げられても踏ん張っていて綺麗に投げられた時は、思いっきり褒めてやった。
寝技にしても、押え込まれても一生懸命逃げようとする姿勢を褒めるようにしていった。しばらく、この練習を続けていくうちに徐々にしぶとさが出てくるようになってきた。

そして、一番意識が変わるキッカケとなったのは、夏のことだった。

この年の8月、川口道場は初めて全国少年武道練成大会という大会に参加した。この大会は、あの柔道の聖地でもある日本武道館で行なわれるオープン参加の全国大会である。

このときRは試合には出場しなかったのだが、みんなの試合を応援しに一緒に付いてきていた。結果は川口道場の仲間達が接戦を勝ちあがっていき、見事ベスト8!!
このみんなが頑張って勝ち進む姿を見て、すごく刺激になったのであろう。

この試合のあとから、練習に手を抜くということが無くなっていった。試合に出ても相変わらず負けてしまっていたが、一本負けが少なくなってきていた。

最初の頃のように、トイレに逃げ込むということもなくなり、見る見るたくましくなっていった。

そして、平成19年2月にこの練習の成果を試す大会を向かえることとなった。・・・続く

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2007年5月22日 (火)

川口道場物語第3話 変身 スモールドラゴン

川口道場で指導を始めるにあたって、まず一番初めに行なう事があった。
それは、子供達の名前をきっちり覚えるという事!!

人に何かを教えるという事において、教える側と教わる側とでしっかりとした信頼関係を築かなくてはいけない。この信頼関係がないと、褒めても叱っても、何の効果ももたらさない。

そこで自分は、子供一人ひとりをしっかり知るため、その子の名前をしっかり覚える事から始める。

名簿を見ながら『最近の子の名前はかっこいい名前が多いな~』と感じながら見ていると、一際強そうな名前を見つけた。その子の名前はR。西洋風に読むと 【ドラゴン】 『強そうな名前の子だな。どんな子だろう?楽しみだな』と思い、その子のイメージを膨らませていました。

さて、指導初日。早速自己紹介をして、子供一人ひとりの名前を聞いていきました。
予習しておいたので、顔と名前を順調に覚えていきました。名前を聞いていく中で、体の小さな男の子の番になり
『じゃあ、次。何年生?1年生か?』
と聞くと、体の小さな男の子は小さな声で
『3年生です』
と答えた。
『あっ、ごめんごめん3年生だったか。ん!?ちょっと待てよ、3年生は確か一人しかいなかったよな?お前もしかしてRか?』
『はい』
名前からすごくたくましい子を想像していたのだが、想像とは遠くかけ離れたとても小さな男の子だった。

『まあ柔道は名前でするのではないからな』と思いながら、練習を始めた。
どんな柔道をするのかと見ていたが、見掛けどおりの弱々しい柔道でした。
練習が始まってしばらくしたらRが自分のところにやってきて何やらもじもじしている。
『どうしたんだ?』
と聞いてみると、
『トイレに言って来てもいいですか?』
といってきた。『練習が始まって間もないのに・・・』と思いつつ
『早く言って来い!』
と、トイレに行かせてあげました。

しかし、トイレから戻ってきて10分後・・・
またRが自分のそばに来てもじもじしている。
『次はどうしたんだ?』
と聞いてみると、なんと
『トイレに言って来てもいいですか?』といってきた。
さすがに、そのときは『ダメです。我慢しなさい』といって練習に戻しました。
Rは泣きそうな顔をしながら練習に戻っていきました。

見かけも気も小さいR!!『この子は本当にこれから先柔道を続けていけるだろうか?』と、とても心配な子でした。

この体も心も小さいR。しかしこの小さな体の中に眠るスモールドラゴンの存在にまだこのときは少しも気が付かないのであった・・・続く


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2007年5月 2日 (水)

川口道場寝技師 最終話

前回の続き

不器用ながら一生懸命のJは、こつこつと努力を続ける事により寝技に力と自信をつけ、どんどん力をつけていきました。

そして、そのJの努力が報われる時がやってきました。
それは、福井県の強化選手を決める、福井県少年柔道大会が行われた時です。

この大会は、4年、5年、6年の個人戦を行い、4年生の1位、5年生の1位、2位、6年生の1位、2位の選手が福井県の代表として10月に行なわれる日整全国少年柔道大会の選手として選ばれる大会であり、また福井県の強化選手の選考大会ともなっています。

この大会に4年生は3人参加。Jもその中の1人として個人戦に出場しました。この大会でベスト8に入れば強化選手の選考に大きくかかわることができる。
試合が始まり一回戦は強豪相手であったが何とか寝技を使って勝つことが出来た。
その後の試合でも、立技では明らかに負けている相手でもワンチャンスをきっちり寝技で押さえて勝ち上がっていった。
結果はベスト8! なんと強化選手に選ばれました。

参加した3人の中で一番センスが無く、まさかJが強化選手に選ばれるとは思っていませんでした。

このことが自信になったのか、ますますJの動きがよくなっていき様々な大会で活躍するようになり、坂井町の団体試合3・4年の部優勝に貢献したり、三つ葉杯の個人戦でも優勝こそ出来ませんが3位になったりと着実に力をつけていきました。学校でも、仲間はずれになることもなくなったようで、はじめてあった時のような首をかしげてボーっとしている事も無くなって来ました。他にも、昔は掃除も出来ず掃除をやらせたら逆にゴミが散らかっていたのだが、今ではちゃんと掃除も出来るようになり、道場の近くに家が在るという事もあるのだが近所の道場生と一緒に早くに来て道場掃除をやっていたりなど、柔道だけではなく日常生活もきっちりしてきました。

そして、この不器用なJが、強くなっていってくれるおかげで色々助けられる事があります。

それは、Jと同じように不器用な低学年の子が上手く出来ない事で、柔道から気持ちが離れそうになってしまった時、その子に、
『Jはもっと不器用で変な事をしていたぞ。でも、一生懸命頑張ったら福井県の強化選手になったんだ。お前も頑張ればJみたいになれるぞ』と、いってあげれるという事です。

その子もJがおかしなことをしているのを知っているため、今ではJを見習ってか高学年の厳しい練習に残り一生懸命頑張っています。

J本人はそんな事を意識してはいないと思うが、Jが頑張ってくれたおかげでたくさんの子供達に『やれば出来る』ということを教えてあげれます。

これからも、川口道場の寝技師としてどんどん成長して皆のお手本となってもらいたい。あと、これだけ柔道を努力できるのだから勉強のほうもしっかり努力してもらいたいです。勉強も『やれば出来る』 すばらしい人間になれるようガンバレ J!!

終わり

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2007年4月25日 (水)

川口道場寝技師2

前回の続き

何をやらせても不器用なJ。
しかし不器用ながら、一生懸命柔道に取り組む子であった。
一生懸命の姿に感心しながらも、
一つ疑問に思う事があった。
それは 『なぜJは、こんなにも一生懸命なのだろう。特に強いわけでもなく、最初は必ず上手くできない。練習も決して楽な事はやらせていないのに柔道を嫌になったことはないのだろうか?』 ということだった。

そんな事を思いながらいつも練習を見ていた。

そんなある日、Jの意外な話を聞くことができた。それは、職場でJと同級生のお子さんを持つ保護者の方とお話しする機会があり、何げなくJの話を聞いていたときだった。

どうやら、学校でも何をしても上手くできないようで、授業参観の日でも先生に怒られたりするようだ。(授業参観の日に怒られるということは、相当できなかったのだろう)
そんな話の中で、昔Jが友達から仲間はずれにされていたという、意外な話を聞くことができた。
運動会の時に皆が楽しそうにグループになって集まっているのに、Jだけ1人ポツンと離れていたりしたそうだ。
どういう経緯があったのかは分からないが、最初は不器用なJは子供達にしてみれば、からかうにはかっこうの存在だったのだろう。
Jはそんな状態であっても学校を休むとは一言も言わなかったらしいが、相当つらかったと思う。
そんなJにとって、道場は自分の存在をいかせる【自分の居場所】的な場所だったのかもしれない。
道場に行けば、違う小学校からくる友達もいるし、道場の方針が【出来る出来ないで判断するのではなく、やろうと試みる気持ちや強くなろうと志す事を一番に考える】という事であるため、どんなに出来なくても頑張れば褒めてくれる先生達がいる。

色々話を聞いた結果(一部自分の推測もあるが)、たぶんこんな事があって柔道に一生懸命なのだろうと思った。

この不器用であるが一生懸命練習を続けるJの頑張りが、寝技という部分で非常に成果を出す事になる。
出来ないという事で、出来るようになるまで何度も何度も根気良く、反復練習をすることにより、頭で考える事よりも体が反応するようになってきた。
そうなってくると寝技が楽しくなってきたのか、色んな寝技の入り方に興味を持つようになり話をしっかり聞けるようになっていた。相変わらず最初はまったく出来ないが、『何度も練習すれば絶対出来るようになる』という自信があるからか、失敗して皆に笑われても気にする事無く、何度も反復練習をして自分の動きにしていった。

そんな、どんなに笑われても一生懸命なJの努力が報われる日がやってくるのだった・・・・・

続く

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2007年4月20日 (金)

川口道場物語第2話 川口道場寝技師 1

平成18年の4月から川口道場で柔道の指導を開始して色々な子供達とふれあいその子その子の特徴を探っている時に一際目に付く門下生がいた。

名前はJと言って、何をするにも自分の目を引いていた。

どういう風に目立っていたかと言うと・・・・とにかく不器用!!

何をするにもおかしなことをやりだす。体操にしても寝技の基礎練習にしても、体が思うように動かないのかおかしな動きになってしまう。動くのもおかしいのだが、止まってまっすぐ立っていろと言ってもなぜか首が右のほうへ傾く(=_=)
『J首をまっすぐしろ!!』
と注意しても、そのときは直るのだが少し経ってまた見てみると、見事に傾いている。

第一印象は『ドンくさい子だな~』という感じでした。

でもそんなドンくさいJであったが、ほかの誰にも負けない良いところがありました。
それは、どんなに出来なくても一生懸命取り組むことが出来るということです。

最初は誰よりもヘタクソで何回言っても出来るようにならないのですが、1ヶ月ほどしてみると、いつの間にか一番上手になっていたりもする不思議な子でした。

中でも寝技はしっかりと抑えるパターンも持っているし、元々からだが柔らかいということもあってなかなか押え込まれることが少なかったので、それなりに力を持っていました。

そこで、その子に『お前は、川口道場の寝技師だ。川口道場は寝技に力を入れている道場だから、お前は寝技では誰にも負けてはダメだぞ!』と遊び半分で伝えました。

この事が功を奏したのか、Jの寝技に対する取り組み方が今まで以上にしっかりするようになって来ました。出稽古に出ても自分より強い相手を見つけてはどんどん動いて寝技をするし、抑えられてもあきらめる事はなく、逃げ切るまで絶対手を抜くことはない練習を続けていました。

このひたすら努力するJを見ていて、感心する反面 『なぜこの子はこんなにも頑張る事が出来るのだろうか?』 という疑問が生まれた。

普通、不器用な子は最初になかなか上手くなれないものだから、すぐ嫌になってしまいがちになるのだが、この子は特に声をかけたり励ましたりしなくてもいつも、一生懸命努力をする。

なぜか?と思い、いろいろな人にJの事を聞いていくうちに、Jが体験した苦い経験の話を聞くことになるのだった・・・  

続く

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2007年4月 6日 (金)

第1話 最弱キャプテン 最終話

前回の続き

キャプテンとして壁を乗越えたY。いよいよ目標としていた福井県強化選手を決める大会が行なわれる・・・

平成18年7月2日日整全国少年柔道大会福井県予選が県立武道館で行なわれた。この大会の個人戦の戦いで福井県の強化選手が決定する。

まず午前中、団体戦が行なわれた。川口道場からは、2チーム参加し、Yは、Bチームでの参加であった。
一回戦相手の子は女の子。Yは最初からガンガン攻めて前に出るも決めきれず引き分け。でも内容はなかなかよかった。
そして第二試合、相手は体の大きな女の子。
なんと、ここでYは練習どうりに背負いで投げてきた。綺麗とはいえないがしっかり体を回しきりそのまますかさず押え込み。一本勝ちをしてきた。
その子にとって公式戦での勝利はなんと1年ぶりだそうだ。負けても負けても目標に向かって頑張ったおかげで確実に力が付いてきているようだ。良い流れのまま個人戦へつなぐことが出来た。

午後からは運命の個人戦。相手は男の子だがそんなに体重も変わらない。この子に勝てば強化選手になれるだろうと思うと、自然と手のひらに汗をかいてきた。『何とかこの子を勝たせてあげたい』祈るように運命の試合を見守った。

試合が始まり、大きな声を出し果敢に攻め込む。先に技に入り前半は良い感じに攻めていた、が・・・大外に入った瞬間相手に返されてしまう。何とか腹ばいになってポイントはなかったが、判定の大きな材料となってしまった。
そのあとも攻めるのだが効果的な場面も無く試合終了・・・判定で敗れてしまった。

最後の最後まで攻め抜いたが、あと一歩が決め切れなかった。この一生懸命頑張ったことが報われなかった瞬間は、いつ見ても胸が苦しくなってしまう。

試合後自分のところにYがやってきた。
しかし、何と言っていいかわからなかった。一生懸命練習をしていた姿が、頭から離れなかった。あれだけ頑張っていた選手を勝たせてあげることが出来なかった。
本来ならどんな結果であれ、次に向かってのアドバイスをしなくてはならない場面なのだが、何も言ってやれない。
この時ばかりは自分の指導力の無さを非常に嘆いた。一言『お前は頑張った、勝てなかったのは俺の指導不足だ。すまない』とだけ言ってその場を後にした。

試合が終わり、次の練習日。自分はとても不安に思っていることがあった。それは、今まであれだけ『強化選手になるんだ』とその事を目標にして頑張っていた子が目標を達成できなかった時、完全にやる気を失くしてしまうのではないかと思っていた事だった。

練習が始まり、自分が抱えていた不安は一気に吹き飛んだ。いつもどうりの練習・・・いやいつも以上の練習が出来ていたかもしれない。キャプテンが率先して声を出し、皆を盛り上げ、良い練習を行なっていた。

練習が終わり、Yが『志ノート』を提出してきた。

内容を見てみると、団体戦で勝てたこと、試合でだめだった所、次からの練習でどうゆう事を練習するかという課題、とても前向きなことが書かれていた。

そして最後に色ペンで、こう書かれていた。

『今回の試合で、負けたのは先生のせいではありません。きっちり決めれなかった私のせいです。次はもっと練習して一本勝ちしてきま~す』と書かれていた。

この文を読んで、とても励まされ、そしてとても胸が熱くなりました。

本来なら自分が励まさなくてはならないのだが、まさか、あの泣き虫キャプテンに励まされるとは・・・

彼女の成長とやさしさに触れて『自分達の指導に間違いは無い!!』と自信を取り戻させてもらいました。

その後もキャプテンのして大変頑張りみんなを引っ張っていってくれました。自分の試合では、なかなか勝つことが出来ませんが、それでもめげずに一生懸命川口道場の練習の雰囲気を作っていってくれました。
おかげで坂井町の団体試合1・2年の部3・4年の部優勝、三つ葉杯団体一部優勝、丸岡の個人戦9階級中4階級優勝と道場としての成績は申し分ない成績を収めることが出来ました。

おまけに、キャプテンをするようになってから、学校の成績も大変良くなり学校の先生から『集中力がすごい』といわれているそうです。

柔道を通じてこれほど成長してくれた事を大変うれしく思います。

柔道の試合では負けてばかりの『最弱のキャプテン』、でも川口道場ではみんなを強くしてくれた『最高のキャプテン』でした。
これからも柔道に勉強に頑張り、伝説のキャプテンとなってもらいたいです。

終わり

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2007年3月31日 (土)

第1話 最弱キャプテン2

前回の続き

厳しい練習で泣いてばかりのキャプテンY。キャプテンとしての壁に苦しむ日々をおくっていた・・・

しかし、ついにその壁を乗り越える日がやってきた。キッカケは石川県の道場に出稽古に行った時だった。『向こうのキャプテンの行動をよく見ておきなさい』
その日このことだけを伝え練習を行なった。
厳しい練習が終わり、その日はみんなヘトヘトになって帰ったのだが、次の練習の日から練習の雰囲気がガラッと変わった。
いやキャプテンが変えてくれたといった方が良いだろう。積極的に声出しをさせ、自分も一生懸命練習に取り組んでいた。

厳しい環境の中で頑張っている同じ年代の子供達に触れ合う事により、強くなりたいという気持ちが芽生えてきて、そして目標が出来たようだ。
特に出稽古で行った所のキャプテンの不器用なのに一生懸命の姿が印象に残ったのだろう。

一人の意識が変わるだけで道場全体の雰囲気がだいぶよくなってきた。

試合に出ても結果こそ出なかったが、気持ちで負けている試合は少なくなっていった。
周りの先生方からも、『Yちゃん頑張ってるね』とよくお声をかけていただくようになっていた。

試合や合同練習のあとに書かせていた柔道ノート『志ノート』には、最初は自分を否定することばかり書いていたのだが、だんだん次にどうすれば良いのか、という課題を自分で見つけてしっかり書いて来るようになった。
そして『福井県の強化選手になりたいです。』としっかりとした目標も書かれていた。

目標を持つとこんなに人は変われるのかと思うくらい、一生懸命柔道に打ち込んでいた。投げられても抑え込まれても、手を抜くことなく歯を食いしばって練習に取り組んでいた。その一生懸命の姿が周りの道場生達をしっかり引っ張って行ってくれた。

そしてその目標としていた強化選手を決める大会の日をむかえるのだった・・・

続く

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2007年3月29日 (木)

川口道場生物語 第1話 最弱キャプテン

自分が川口道場に指導し始めてもうすぐ1年になる。

1年間色々なことがあったため、あっという間に1年がたってしまった。

この一年を振り返って、多くの子供達との出会いが自分を高めてくれたと思う。どんな子供達だったかを、少しずつ紹介していきたいと思います。

それでは、第1話『最弱キャプテン』からお読み下さい。

川口道場のキャプテンとの出会いは、平成18年3月の『6年生を送る会』という川口道場行事のときだった。

4月から指導を始めるため自分の紹介も兼ねてこの会に出席させて頂いた。

ひととおり紹介も終わり、そのあとの懇親会のとき、一人の保護者の方が小さい女の子を連れて自分の隣に座った。

『今年キャプテンをするYです。よろしくお願いします。』

小さい女の子は、これまた小さい声で挨拶をした。お母さんは、『これからビシバシお願いします。』と気合十分。(お母さんのほうが柔道に向いてるんじゃないかと思うぐらい)

自分の中では、『この子で大丈夫かな?』という思いがあった。

と、言うのは、自分が今まで石川県で7年間少年の指導をお手伝いさせてもらっていた事で学んだ指導と言うのが、『子供達の強くなれる環境づくりと、強くなりたいという気持ち作り』ということだった。

その気持ち作りの中で一番大事な役割を持つのははチームを引っ張っていくリーダー、すなわち『キャプテン』なのである。今後の川口道場の強化は『キャプテン』にかかっていると言っても過言ではない。

『こんな、か弱そうな女の子で大丈夫かな・・・』と思いながらも、決まっているものは仕